Margaret Stuyvesant Rutherfurd White (Mrs. Henry White)
寸法
225.1 × 143.8 cm
技法・素材
キャンバスに油彩
所蔵
ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)

Margaret Stuyvesant Rutherfurd White (Mrs. Henry White)

1883年

肖像画パリ社交界

アメリカ人の両親のもとイタリアで生を受け、パリで若年期を過ごしたのちロンドンを拠点に活躍した画家。

✦ 見どころ(技法・色彩)

サテン、レース、チュールという異なる質感の白が巧みに描き分けられています。サテンは青みがかった白を放ち、チュールは温かみのあるベージュから純白へと変化します。ガス灯やキャンドルの光が主流だった当時の夜会において、光を吸収して発光するようなドレスの輝きが見事に表現されています。

✦ この絵の舞台

制作はパリで始まり、南仏ニースでのセッションを経て、再びパリのアトリエで完成されました。背景には、金色の装飾が施された寝椅子と、ドレスの白と同調する重厚なドレープが配されています。パリの瀟洒な高級サロンを思わせる、洗練された舞台設定です。

✦ 時代背景

1880年代前半、サージェントはパリの高級社交界での地位確立を模索していました。モデルの夫は在パリ・アメリカ公使館の初代一等書記官であり、夫妻は欧米の外交・社交界の中心人物でした。本作は、サージェントがアメリカの真の上流階級から受けた最初期の極めて重要な注文です。

✦ 鑑賞のための問い

あなたがこの夜会に招かれていたら、彼女にどんな言葉をかけますか?

白いドレスを身にまとった女性が、静かにこちらを見つめています。
右手には扇、左手には黒いオペラグラス。
今まさに、華やかな夜会へと向かうかのようです。

彼女の名前はマーガレット・ホワイト。
愛称はデイジー。
1882年、29歳だった彼女は、パリのサロンでジョン・シンガー・サージェントの作品に感銘を受けます。
そして、自身の肖像画を依頼しました。

夫のヘンリー・ホワイトは、在パリ・アメリカ公使館の初代一等書記官。
夫妻はヨーロッパとアメリカの社交界の中心にいる、真の上流階級でした。
パリで地位を確立しようとしていたサージェントにとって、これは絶対に逃せない重要な注文だったのです。

制作は1882年末、パリで始まりました。
しかし、わずか数回のセッションの後。
デイジーは南仏のニースへと旅立ってしまいます。

普通なら、帰りを待つところでしょう。
しかしサージェントは違いました。
高さ2メートルを超える巨大なキャンバスを抱え、彼女を追いかけてニースまで向かったのです。
現地で制作を続け、再びパリのアトリエに戻ってこの絵を完成させました。

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