
- 寸法
- 額装なし:60 × 34 インチ(152.4 × 86.4 cm) / 額装あり:78 × 52 × 4.25 インチ(198.1 × 132.1 × 10.8 cm)
- 技法・素材
- キャンバスに油彩
- 所蔵
- デトロイト美術館(ミシガン州デトロイト)
Madame Paul Poirson
1885年
✦ 見どころ(技法・色彩)
やや身体のラインを引き伸ばした縦長の構図を採用し、被画者を自然な角度で直立させています。均一に拡散された光が、繊細な花があしらわれたドレスのレース生地やシルクの滑らかな質感、そして磁器のような肌のコントラストを柔らかく捉えています。輪郭を線で固定せず、大胆な筆の運びで溶け込ませる描法が見どころです。
✦ この絵の舞台
サージェントが1883年からパリで借用していたベルトゥール大通りのアトリエが舞台です。具体的な調度品は一切排除され、うっすらとした「氷のようなブルー」のトーンで満たされています。この霧がかったような寒色系の背景は、被画者であるポワルソン夫人の高貴かつ少しよそよそしい視線を効果的に演出する舞台装置として機能しています。
✦ 時代背景
1885年は、サージェントの生涯における最大のスキャンダルの直後にあたります。前年のパリ・サロンに出品した『マダムX』が不道徳であると非難を浴び、肖像画の依頼が激減していました。本作は、彼が伝統と品格を守る一流の画家であることをパリ社会に再び示すための、極めて戦略的な意味合いを持つ作品でした。
氷のようなブルーの空間に、繊細な花があしらわれたライトカラーのドレスをまとった女性が立っています。
やや身体のラインを引き伸ばした縦長の構図。
彼女は細身で優美なシルエットを保ち、体の前で繊細に手を重ねています。
今しがた部屋に入ってきて、ふとこちらに視線を向けたかのような、静かで優美な瞬間です。
彼女は、ヘリー・セイムを父に持ち、フランス人の著述家ポール・ポワルソンと結婚したセイムリーナ・カスバート。
文学や芸術を愛する、洗練されたサロンの主催者です。
この絵が描かれた1885年、画家ジョン・シンガー・サージェントはキャリア最大の危機に直面していました。
前年の1884年、パリ・サロンに出品した肖像画『マダムX』が、「不道徳かつ挑発的である」として大衆やメディアから凄まじい非難を浴びたのです。
このスキャンダルにより、パリ社交界からの肖像画の依頼は激減。
画商や批評家たちの彼に対する眼差しも急速に冷え込んでいきました。
そのような危機的状況の中で描かれたこの一枚は、サージェントが「過度に挑発的な画家」ではなく、「伝統と品格を守りつつ、洗練された感性を持つ一流の画家」であることをパリ社会に再び証明するための、極めて戦略的で重要な作品だったと語られています。
でも実は、この気品あふれる肖像画が生まれた直接のきっかけは、もっと切実で、人間臭いものでした。
これは、サージェントが滞納した「家賃の支払い代わり」に描かれたものだったのです。
スキャンダルによって顧客を失い、サージェントは経済的に窮地に陥っていました。
彼が1883年からパリのベルトゥール大通りで借りていたアトリエの家賃すら、払えなくなってしまったのです。
そのアトリエの大家こそが、セイムリーナの夫であるポール・ポワルソンでした。
サージェントとポワルソン家は、単なる貸主と借主というビジネス上の関係を超えた、深い友情で結ばれていました。
サージェントは前年の1884年にも、彼らの愛娘であるスザンヌ・ポワルソンの肖像画を手がけています。
家賃の支払いに窮したサージェントは、ポワルソン家に対してある提案をします。
家賃を支払う代わりに、妻セイムリーナの肖像画を制作させてほしい、と。
ポワルソン家はこの個人的な取引を受け入れ、彼女はサージェントのアトリエに立つことになりました。

おすすめの絵画
ほかの画家
内容に誤りがある場合は こちらからご報告ください
このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシーと利用規約が適用されます。




















