Marie Buloz Pailleron (Madame Édouard Pailleron) マリー・ビュロズ・パイエロン(パイエロン夫人)の肖像

1879年

肖像画
Marie Buloz Pailleron (Madame Édouard Pailleron)
寸法
211.2 × 104.4 cm
技法・素材
油彩、カンヴァス
所蔵
ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)

アメリカ人の両親のもとイタリアで生を受け、パリで若年期を過ごしたのちロンドンを拠点に活躍した画家。

✦ 見どころ(技法・色彩)

銅色の巻き毛と青白い肌のコントラストが目を引きます。黒いシルクドレスの質感や、左手でスカートを引き上げて白いアンダースカートを見せるS字曲線の優美な描写が、自由で力強い筆致で表現されています。

✦ この絵の舞台

フランスのサヴォワ地方シャンベリ近郊にあるパイエロン家の夏の別荘「ロンジュー」の庭園です。オイスター・ホワイトの小道や広大な芝生、白樺の木、白い石造りの庭園構造物が描かれています。

✦ 時代背景

1879年、23歳のサージェントがパリで頭角を現し始めた時期に制作されました。この作品は翌年のパリ・サロンに出品され、彼の名声をフランスのアートシーンに広く轟かせる契機となりました。

✦ 鑑賞のための問い

彼女の少し不満げな表情は、誰に向けられていると思いますか?

広大な芝生を背に、黒いドレスの女性が立っています。
左手でスカートを少し引き上げ、こちらを見つめる姿。
足元にはオイスター・ホワイトの小道が続いています。

彼女の名前は、マリー・ビュロズ・パイエロン。
1879年の夏。
フランスのシャンベリ近郊にある、夏の別荘での一枚です。

マリーは、権威ある文芸誌の創刊者を父に持つ女性でした。
高い教養と知性を備えた人物。
同時に、気難しく妥協を許さない性格でもありました。

彼女を描いたのは、ジョン・シンガー・サージェント。
当時、まだ23歳の若き画家です。

パリで頭角を現し始めたばかりの彼にとって、
著名な劇作家であるマリーの夫からの依頼は、
社交界への重要な足がかりでした。

失敗は許されない。
普通なら、パトロンの妻を美しく理想化して描くところです。

しかし、サージェントは違いました。

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