
- 寸法
- 153.7 × 93.0 cm
- 技法・素材
- キャンバスに油彩
- 所蔵
- ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)
Eleanora O’Donnell Iselin (Mrs. Adrian Iselin)
1888年
✦ 見どころ(技法・色彩)
ほぼ全身像に近い縦長の構図で、サージェントの精緻でありながらも無駄のない筆さばきが確認できます。黒いドレスのドレープや光沢のあるビーズの質感は、繊細なハイライトとブレンドされた筆致によって冷徹な美しさを持って描かれています。黒一色の画面の中で、パールやゴールドのジュエリーが孤高の輝きを放っています。
✦ この絵の舞台
ニューヨーク市にあったアイズリン家のドローイングルーム(客間)。背景は極めてシンプルに処理されており、温かみのあるキャラメルブラウンの何もない壁面が描かれています。この装飾のない背景が、被写体であるアイズリン夫人の強烈な存在感と威厳を浮き彫りにする舞台装置として機能しています。
✦ 時代背景
1888年、アメリカの「金メッキ時代(ギルデッド・エイジ)」。パリでのスキャンダルで顧客を失ったサージェントが、アメリカでのプロフェッショナルとしての仕事の旅で大成功を収めていた時期です。新興富裕層が台頭する中、ニューヨーク社交界のファーストレディであったアイズリン夫人の肖像画は、当時の上流階級のステータスと洗練を象徴しています。
温かみのあるキャラメルブラウンの壁を背に、一人の老婦人が立っています。
光沢のある黒いビーズがあしらわれた、高襟のタイトな黒いドレス。
中央で分けられたグレーの髪は、黒いレースのキャップの下にまとめられています。
彼女の左手には固く閉じられた黒い扇。
そして、鑑賞者を射抜くような、極めて厳格で峻厳なまなざし。
彼女の名前は、エレアノラ・オドネル・アイズリン。
ボルチモアの由緒ある名家に生まれ、1845年に富裕な銀行家と結婚した彼女は、ニューヨーク社交界の絶対的なファーストレディとして君臨した女性です。
隙のない黒い装いと、威厳に満ちた立ち姿。
いかにも、権力と地位を持つ上流階級の女性が、自らのステータスを後世に残すために完璧に計算して描かせた公式肖像画のように見えます。
でも実は、彼女はこの絵が描かれた瞬間、強い不満と戸惑いを抱えていました。
そして彼女が身にまとっているこの黒いドレスは、肖像画のために用意された特別な衣装ではありません。
1888年の春、ニューヨーク。
画家ジョン・シンガー・サージェントは、アイズリン家の客間を訪れていました。
1884年、パリで発表した作品が大スキャンダルとなり、フランスでの顧客を失っていたサージェント。
活動の拠点を移し、厳しい批判に晒されながらも、彼が行ったアメリカへの仕事の旅は大成功を収めました。
ニューヨークやボストンの富裕層は彼のモダンなタッチを歓迎し、サージェントは再び肖像画家としての頂点に立とうとしていました。
そんな彼を迎えたアイズリン夫人は、気合に満ちていました。
彼女はメイドに、山のような豪華なボールドレスを抱えさせて部屋に入ってきたのです。
「どのドレスを着て描かれたらよいかしら」
社交界のトップに立つ彼女にとって、肖像画とは自らの富と洗練を誇示するための最大の舞台。
当然、最も華やかなドレスを選ぶものだと信じて疑わなかったはずです。
しかし、サージェントの口から出たのは、予想外の言葉でした。
彼は、夫人がそのとき着ていた普段通りの厳格な黒い日常着のまま、ポーズをとることを即座に主張したのです。
豪華なドレスを却下され、普段着のまま描かれることになったファーストレディ。
その急な要求に対する彼女の不満と戸惑いが、この不機嫌で峻厳な表情を生み出しました。
画家とモデルの間に生まれた、静かで激しい心理的相克。
サージェントは、彼女が着飾った外見ではなく、その内面にある圧倒的な支配力と威厳を、ありのままの姿から引き出そうとしたのです。

出典・参考資料
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