Icarus, from Jazz イカロス
1947年

画像: Henri Matisse, Icarus, from Jazz, 1947Collection: The Art Institute of Chicago, Simeon B. Williams Fund© Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York
- 寸法
- 42.2 × 65.3 cm(見開き展開時)
- 技法・素材
- ヴェラン・ダルシュ紙に不透明水彩を用いたポショワール(手彩色ステンシル版画)、テキスト部はリトグラフ
- 所蔵
- ポンピドゥー・センター、ニューヨーク近代美術館(MoMA)など
戦火の暗闇と死の恐怖に対する、不屈の人間尊厳と生命への強烈な讃歌。 ハサミを握りしめ、情熱を燃やして星空を舞う人間の輝きを刻みつけた、魂の飛翔。
✦ 見どころ(技法・色彩)
「切り紙絵」という画期的な技法。アシスタントが不透明水彩を塗った紙を、マティス自身がハサミで直接切り抜きました。背景の深いウルトラマリンブルーと星々のイエローが強烈な補色対比を生み、無彩色の黒い人物の胸に打たれた朱赤の一点へ、観る者の視線を瞬時に引きつけます。
✦ この絵の舞台
画面上は古代ギリシャ神話と画家の内面世界が交錯する宇宙的空間。具象的な遠近法は排除され、深いブルーの色面が無限の天界を表現しています。一方、現実の制作舞台は南仏ヴァンスのヴィラ「ル・レーヴ」。夜間禁灯が敷かれ、空襲警報が鳴り響く緊迫した占領下の借家でした。
✦ 時代背景
第二次世界大戦下、ナチス・ドイツ占領下のフランス。言論や美術が統制される中、マティスの家族はレジスタンス運動に身を投じていました。娘がゲシュタポの拷問を受けるという過酷な時代背景の中、本作は人間の自由と精神の解放を象徴する色彩の開花として生み出されました。
深いブルーの夜空に、黄色い星々が散らばっています。
その中を、黒いシルエットの人物が両腕を広げて舞い落ちていきます。
タイトルは『ジャズ』に収録された《イカロス》。
鮮やかな色彩とリズミカルな構図から、陽気な音楽を聴いて楽しく描かれた作品だと思われがちです。
また、ギリシャ神話のイカロスになぞらえ、神に挑んで墜落死した愚かな人間の戒めだとも言われます。
でも実は、この絵に込められているのは、陽気さでも、死の恐怖でもありません。
1943年、第二次世界大戦の戦火が激化するフランス。
アンリ・マティスは、空爆の危険から逃れるため、南仏ヴァンスのヴィラ「ル・レーヴ」に避難していました。
夜間は灯りが禁じられ、空襲警報が鳴り響く緊迫した日々。
地下室は一時期、ドイツ兵の食堂として接収されていました。
さらに、マティス自身の身体も限界を迎えていました。
1941年に受けた大手術の重い後遺症。
長時間の立ち仕事や、イーゼルに向かって油絵を描くことは、もうできませんでした。
不眠症に苛まれ、腹部に鉄製のコルセットを巻き、車椅子やベッドの上で過ごす時間。
そして、家族を襲う悲劇。
別居中の妻や子供たちは、抗独レジスタンス運動に身を投じていました。
1944年には、娘のマルグリットがゲシュタポに逮捕されます。
激しい拷問を受け、強制収容所行きの列車に乗せられたのです。
絶望と恐怖のどん底。
暗闇の中で、マティスは新しい表現に挑みます。
アシスタントに色を塗らせた紙を、ハサミで直接切り抜く。
「色の中に直接切り込んでいく」切り紙絵の誕生です。
車椅子の移動範囲で完結できる、彼に残された唯一の芸術でした。
この続き:約477文字

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