Self-Portrait with Bandaged Ear 包帯をした自画像
1889年

- 寸法
- 60.5 cm × 50.0 cm
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 所蔵
- コートールド美術館
狂気というレッテルと絶望への、静かで強烈な反逆。共同体の夢が崩壊した惨劇の現場で、画家として生き抜く覚悟と正気を刻みつけた、不屈の証明。
✦ 見どころ(技法・色彩)
油絵具をキャンバスに厚く盛り上げるインパスト技法が使われています。ペインティングナイフや硬い刷毛の痕跡が、画面に激しいエネルギーを与えています。また、赤やオレンジの壁と緑のコート、黄色の壁と青い帽子など、互いの色を引き立て合う補色対比が緻密に計算され、深い心理的緊張感を生み出しています。
✦ この絵の舞台
舞台は南仏アルルに実在した「黄色い家」の2階アトリエです。1889年1月、ミストラルと呼ばれる冷たい強風が吹き荒れる極寒の季節でした。暖房設備が不十分な室内で、ファン・ゴッホは厚手のコートと帽子を着用して制作に臨みました。ここは彼が夢見た芸術家共同体の拠点であり、惨劇の現場でもありました。
✦ 時代背景
1880年代後半のフランス美術界は、画家の内面や象徴性を表現するポスト印象派が成熟期を迎えていました。その原動力となったのがジャポニスムです。浮世絵の明快な輪郭線や平面的で強い色彩は、伝統的な技法に縛られていた画家たちに自由を与えました。ファン・ゴッホもまた、浮世絵から多大な影響を受けています。
緑色の重厚なコートを着込み、黒い毛皮のついた防寒帽をかぶった男。
頭の右側から顎の下にかけて、太い白い包帯が痛々しく巻かれています。
視線は画面の枠を超え、まっすぐにこちらを見つめています。
その表情は固く、深い沈黙をたたえています。
1888年12月、南仏アルル。
ファン・ゴッホはゴーギャンと衝突し、自らの耳を切り落としました。
この絵は、その直後に描かれたものです。
そのため、狂気の発作のさなかに衝動的に描かれたものだ。
そう思われがちです。
でも実は、違います。
これは錯乱状態の記録ではありません。
極めて冷静に計算された、不屈の宣言なのです。
事件の夜。
激しい議論の末に錯乱状態に陥った彼は、自らの耳を切り落とします。
切り落とした耳を紙に包み、娼家へ向かいました。
そして、清掃係として働く女性ガブリエル・ベルラティエに手渡します。
翌朝、大量出血で意識不明のところを発見されました。
アルル市立病院に緊急搬送。
若いインターン医師、フェリックス・レイらの治療を受けます。
長年、耳たぶの一部を軽く切っただけだと言われてきました。
しかし2016年。
レイ医師が描いた図面が発見されます。
そこには、耳たぶの極小部分だけを残した無残な姿がありました。
左耳のほぼ全体が、完全に削ぎ落とされていたのです。
致命的な傷。
ゴーギャンは去り、共同生活の夢は崩壊しました。
生活は、パリにいる弟テオからの仕送りに頼りきりです。
体力的にも精神的にも、大きな打撃を受けていました。
それでも彼は、1889年1月7日に退院します。
惨劇の現場である「黄色い家」のアトリエに戻りました。
1月のアルルは、ミストラルと呼ばれる冷たい強風が吹き荒れます。
暖房も不十分な室内。
彼は分厚い緑のコートを着込みました。
傷口を固定する重い包帯を、青い帽子でしっかりと押さえます。
そして、鏡の前に立ちました。
鏡に映った自分を描いたため、絵の中では右側に包帯があります。
しかし、実際に切り落としたのは左耳です。
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