Self-portrait with grey felt hat 灰色のフェルト帽をかぶった自画像
1887年

- 寸法
- 44.5 cm × 37.2 cm
- 技法・素材
- 油彩、綿布
- 所蔵
- ファン・ゴッホ美術館(オランダ・アムステルダム)
貧困の中で人物画の技術を磨き上げるための、執念の造形実験。 モデルを雇う金すら無い現実と向き合い、自らの顔を色彩理論の実験台として徹底的に観察し尽くした職人の意地。
✦ 見どころ(技法・色彩)
背景の青色は、元々は赤色顔料を使った鮮烈な紫色でした。光による経年劣化で赤が消え、現在の青に変化しています。また、均一な点ではなく、細長い線状の筆致を配置。顔の骨格に沿って筆を走らせて立体感を出し、背景では頭部を包み込むようにストロークを展開して視線を誘導しています。
✦ この絵の舞台
1887年秋、フランス・パリのモンマルトル地区、ルピック街54番地にあるアパートメントの室内です。弟テオと同居する部屋の一角に設けた小さな作業スペースで描かれました。当時のモンマルトルは前衛芸術家が集う革新の中心地。画家は手鏡に映る自分自身と向き合い、絵画的空間を構築していました。
✦ 時代背景
19世紀後半、科学的知見の発展により色彩理論が美術界に影響を与えました。化学工業の発達で鮮やかな新開発の合成顔料が容易に入手可能になります。1886年にはジョルジュ・スーラらが分割主義を発表。パリ滞在中のゴッホも彼らと交流し、光学理論に基づく点描法を徹底的に研究しました。
灰色のフェルト帽を深くかぶった男。
体を斜めに向け、鋭い眼差しをこちらに向けています。
フィンセント・ファン・ゴッホ。
34歳当時の彼自身です。
背景には、顔を取り囲むように短い線が放射状に描かれています。
都市の紳士が着るようなジャケットとネクタイ。
オランダ時代の暗い農民画家からの脱却を示す装いです。
この絵を見て、あなたはどう感じるでしょうか。
精神の崩壊。
狂気の波動。
あるいは、自らを神聖化する後光のようだ。
そんな風に語られることがよくあります。
自画像を何度も描いたのは、自己愛の強さゆえだとも。
でも実は、違います。
狂気でも、自己愛でもありませんでした。
きわめて現実的で、泥臭い理由があったのです。
1887年の秋。
フランス・パリのルピック街54番地。
ゴッホは弟テオのアパートに身を寄せていました。
自身の絵は全く売れません。
画商として働く弟の経済的支援に、全面的に依存する日々。
人物画の腕を磨きたかった。
しかし、プロのモデルを雇うお金などありません。
一番安上がりな方法は何か。
手鏡でした。
鏡に映る自分自身を、モデルにするしかなかったのです。
キャンバスを買う余裕すらありませんでした。
彼が選んだのは、安価な未下地の綿布です。
そこに直接、絵の具を塗りつけていきました。
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出典・参考資料
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