Rocks at Belle-Isle, Port-Domois ポルト=ドモワの岩肌、ベル=イル
1886年

- 寸法
- 81.3 × 64.8 cm
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 所蔵
- シンシナティ美術館
✦ 見どころ(技法・色彩)
暗褐色、濃緑色、ヴァイオレットを用いた重厚な色彩設計が特徴です。近年の修復により、後年塗られた黄色い光沢ニスが除去され、本来の冷たいブルーや、湿度の高い霧がかったようなマット(無光沢)な質感が蘇りました。荒波は細かく砕けた短い筆触で描かれています。
✦ この絵の舞台
ブルターニュ地方の南海岸沖に浮かぶフランス最大の島、ベル=イル。その南西部に位置するポルト=ドモワ海岸が舞台です。大西洋の荒波に長年晒され、鋭く切り立った崖や奇岩が連続する険しい地形が特徴です。当時は観光化されておらず、孤立した荒涼たる野生の地でした。
✦ 時代背景
1886年秋。当時のフランス社会は急速な近代化を遂げていました。しかしモネは、穏やかな風景表現から一時的に脱却し、自然の厳しさと対峙する試練の旅に出ます。近代化とは対照的な、野生的で不毛な自然の表現を渇望していた時期にあたります。
荒々しい波が打ち寄せる海と、鋭く切り立った巨大な岩肌。
画面の右側を覆う暗い岩の塊が、海と激しく対峙しています。
印象派の巨匠クロード・モネが描いた、力強い風景画です。
長年、この絵はどこか黄色みがかった作品として知られていました。
表面には光沢があり、温かみのある光が岩肌を照らしている。
そんな風に見られていたのです。
でも実は、その黄色い光はモネが描いたものではありませんでした。
20世紀後半に塗られた、不適切な合成樹脂のニスだったのです。
1985年に美術館が購入した時も、絵はそのニスで覆われていました。
近年の修復でニスが慎重に取り除かれたとき。
ようやく、モネが描いた真の姿が姿を現したのです。
1886年の秋。
モネはブルターニュ地方の南海岸沖に浮かぶ島を訪れました。
フランス最大の島、ベル=イルです。
彼が滞在したのは、南西部のポルト=ドモワ海岸。
そこは「地獄の谷」とも呼ばれる、過酷な場所でした。
当時のベル=イルは、まだ観光化されていません。
芸術家が訪れることも稀な、孤立した荒涼たる野生の地でした。
モネは当初、2週間だけ滞在する予定でした。
しかし最終的に、2ヶ月以上もこの地に留まることになります。
当時のモネは、自分の絵がマンネリズムに陥ることを恐れていました。
だからこそ、自然の圧倒的なダイナミズムを取り込もうとしたのです。
現地の漁師イポリット・ギヨームの助けを借りました。
強風の中で画架を固定し、重いキャンバスを運んでもらったのです。
モネは友人の画家ギュスターヴ・カイユボットに手紙を書いています。
「私は狂ったように働き続けている」
「ここは実に壮大で荒涼とした野性の地域であり」
「信じられないほどの色彩を湛えた岩と海の巨大な積み重ねが広がっている」
さらに、のちに妻となるアリス・オシュデにも手紙を送りました。
「この不毛で不気味な、恐ろしくも極めて美しい自然を前にして」
「岩々をいかに暗く、不吉で、悲劇的に表現すべきか苦闘している」
この続き:約363文字

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