Polynésie, la mer ポリネシア、海
1946年

- 寸法
- 196 × 314 cm
- 技法・素材
- 工業染色紙および手塗りグワッシュペーパーの切り貼り、キャンバス裏打ち
- 所蔵
- ポンピドゥー・センター国立近代美術館
伝統的な遠近法と重力からの、ハサミによる完全な解放。病に倒れた老画家が、自らの記憶の底からすくい上げた永遠の自由と生命の輝き。
✦ 見どころ(技法・色彩)
「切り紙絵」という独自の手法が用いられています。助手が不透明水彩絵具(グワッシュ)を塗った便箋や包装紙を、マティスが下書きなしでハサミで直接切り抜きました。青と緑の市松模様を背景にすることで、伝統的な遠近法を解体しています。白いモチーフは光を象徴し、重力を持たずに配置されることで、画面全体に無重力の感覚が生み出されています。
✦ この絵の舞台
描かれているのは、南太平洋のフランス領ポリネシアに位置するタヒチ島の海原とサンゴ礁のラグーンです。しかし、現地で直接写生された風景ではありません。1930年にタヒチを訪れたマティスの記憶が、16年の歳月を経て脳裏で結晶化した情景です。実際の制作は、南仏ヴァンスのアトリエ「ヴィラ・ル・レーヴ」で行われました。
✦ 時代背景
制作年の1946年は、第二次世界大戦終結直後の復興期にあたります。ナチス・ドイツの占領から解放されたフランスでは、国家の文化的威信を取り戻すため、中世以来の伝統工芸であるタペストリー技術の復興運動が推進されていました。巨匠マティスが国営ゴブラン織物製作所の委嘱に応じたことは、戦後フランス文化復興の象徴的な意味を持っていました。
青と緑の市松模様のなかを、白い形が浮遊しています。
海藻やサンゴ、魚、そして空を舞う鳥のようにも見えます。
南国の海辺にキャンバスを立てて描いた。
一見すると、そんなふうに思えるかもしれません。
でも実は、この作品が作られたのはタヒチではありません。
南太平洋から遠く離れた南仏の室内でした。
しかも、海を見てから16年もの歳月が流れていたのです。
1930年。
60歳を迎えていたマティスは、表現の突破口を求めていました。
タヒチへ旅立ち、透明な海に身を浸します。
サンゴ礁の色彩に深く没入しました。
しかし彼は、現地でほとんどスケッチをしませんでした。
高価なカメラを持っていたのに、写真すら意図的に撮らなかったのです。
「写真をとれば、貧しい画像しか見えなくなる」
自分の深い印象が損なわれることを、彼は危惧しました。
ただスポンジが水を吸い込むように、すべてを目に焼き付けたのです。
それから11年後の1941年。
マティスはリヨンで十二指腸がんの大手術を受けます。
奇跡的に命は取り留めました。
しかし、車椅子とベッドでの長期療養を余儀なくされます。
体力を激しく消耗する油彩画の制作は、もはや困難でした。
1946年、南仏ヴァンスのアトリエ「ヴィラ・ル・レーヴ」。
国営ゴブラン織物製作所から、タペストリーの原画制作を依頼されます。
そこで彼は、新しい手法を提案しました。
助手が便箋や包装紙にガッシュを平塗りする。
その色紙を、マティスが大ぶりのハサミで直接切り抜くのです。
彫刻家が石を直彫りするように、色彩にハサミで切り込んでいく。
切り抜かれたモチーフは、アトリエの壁面にピンで留められました。
室内全体の光の中で、配置を何度も変更しながら画面を構成します。
15年以上の時を経て、太平洋の奇跡が鮮明な記憶として蘇っていったのです。
この続き:約498文字

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