
- 寸法
- 71 × 27.5 cm
- 技法・素材
- カラーリトグラフ
- 所蔵
- ミュシャ財団、デン・ハーグ美術館等
La Primevère
1899年
✦ 見どころ(技法・色彩)
パステル調の穏やかで洗練された色調が主体であり、アール・ヌーヴォーの特徴である植物的な曲線美が遺憾なく発揮されています。ピンク色のローブを纏った女性が三分の一身の構図で描かれ、可憐なサクラソウの花に顔を近づけています。自然から直接着想を得た有機的な植物のサークル装飾が、画面全体に調和をもたらしています。
✦ この絵の舞台
特定の現実世界を舞台にしたものではなく、背景に植物モティーフが円形に配置された、自然界の調和を象徴する架空の植物的空間です。対となる作品『羽根』が幾何学的なモザイク装飾を用いているのに対し、本作は有機的な自然の美しさを際立たせています。室内を豊かに演出するためのアートポスターとして機能しました。
✦ 時代背景
1890年代後半、ミュシャのポスターが大衆から圧倒的な支持を受ける中、文字を排した純粋な室内鑑賞用アート「装飾パネル」というジャンルが考案されました。芸術は富裕層だけの独占物ではなく、一般家庭の暮らしにも美をもたらすべきだという「美の民主化」の思想に基づき、大衆でも購入しやすい価格で販売されました。
ピンク色のローブを纏った女性が、サクラソウの花に顔を近づけています。
暗い髪には美しい飾りが輝き、静かに花の香りを嗅いでいるようです。
アール・ヌーヴォーを代表する、優美で受動的な「美の女神」。
多くの人がこの絵に、そんなエレガントな理想像を見るでしょう。
でも実は、彼女はただの美しいモデルではありませんでした。
現実の彼女は、社会と戦うモダンウーマンだったのです。
彼女の名前はマルグリット・シヤムール。
1857年8月10日、ジュラ地方のブリーで生まれました。
本名はマルグリット・ガニュー。
高名なフェミニスト作家であるマリー=ルイーズ・ガニューの娘です。
彼女自身もまた、彫刻家として自立した道を歩んでいました。
フランス共和国主義や世俗主義、そしてフェミニズム運動に深く貢献し、自らの信念のために戦う知的な女性でした。
1899年。
ミュシャはパリのヴァル・ド・グラース通り6番地に、広大なアパート兼スタジオを構えていました。
マルグリットは、その近隣に住む住人でした。
当時、ミュシャは制作費やモデルへの時間的負担を減らす工夫をしていました。
プロの専門モデルを雇う代わりに、親しい仲間や近隣の知人をスタジオに招きます。
彼らを写真に撮り、それを下絵の直接のソースとして活用していたのです。
マルグリットもまた、ミュシャのカメラの前に立ちました。
戦う彫刻家の知的な佇まいは、ミュシャの筆によって再構築されます。
そして、誰もが憧れる受動的な女神へと姿を変えたのです。

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