
- 寸法
- 書籍フォーマット
- 技法・素材
- 装飾書籍(カラー石版画、モノクローム・フォトグラヴュール、紙)
- 所蔵
- ミュシャ財団
Pater Noster (c.1900)
✦ 見どころ(技法・色彩)
本作は「主の祈り」の7つの節を、それぞれ3つの異なるページ構成で体系的に構築しています。前半のページは多色刷りの石版画で、優雅な植物模様の中に祈りの言葉や画家の思想が美しくデザインされています。一方、後半のページは単色の凹版印刷による寓意画で、強烈な明暗の対比を用いて、神や精霊、苦悶する人類の姿が極めて荘厳かつ緊迫感をもって描かれています。
✦ この絵の舞台
本作は、キリスト教の伝統的な祈りである「主の祈り」を普遍的に表現したものであり、神秘的な宇宙の精神世界の縮図を舞台としています。霧が深く立ち込める渓谷や奈落で、苦しみもがく人類が、空中に浮かぶ光り輝く巨大な精霊や神の影に向かってひれ伏し、救いを求めて手を伸ばすという、ドラマチックで形而上学的な空間が設定されています。
✦ 時代背景
19世紀末のパリにおいて、ミュシャは商業ポスターの成功により莫大な富と名声を得ていましたが、単なる装飾デザイナーとして評価されることに激しい葛藤を抱いていました。彼は神秘主義に傾倒し、1898年にはフリーメイソンリーに入会します。美、真実、愛という美徳が人類の精神的進化を促すと信じた彼は、その宇宙的ヴィジョンを次世代へ伝えるマニフェストとして、世紀の変わり目に本作を制作しました。
星々が散りばめられた背景に、植物の蔓と柘榴の実が円を描くように配置されています。
中央にはラテン語の文字が記され、下部には翼を持つ人物が静かに目を伏せています。
アルフォンス・ミュシャ。
その名前を聞けば、多くの人が19世紀末のパリを彩った華やかなポスターを思い浮かべるでしょう。
流れるような髪の美しい女性たちと、パステルカラーの優美な植物文様。
彼はアール・ヌーヴォーの寵児として、商業広告の世界で莫大な富と名声を手にしていました。
この絵もまた、そんな彼らしい洗練された装飾美に満ちているように見えます。
でも実は、ミュシャ自身は、その華やかな成功の裏で激しい葛藤を抱えていました。
彼は、自分が単なる広告イラストレーターや装飾デザイナーとして消費されることに、深い絶望を感じていたのです。
「私はこれまでの仕事に何ら真の満足を見出すことができなかった」
ミュシャはそう語っています。
「私の進むべき道はもっと別の、少し高い場所にあるはずだと確信していた。最も暗い隅々にまで届くような、光を広める方法を模索していた」
1890年代のパリで、彼は神秘主義に深く傾倒していきます。
そして1898年1月、パリのフリーメイソン・ロッジ「不分断の進歩」に入会しました。
美、真実、愛。
この3つの美徳こそが、人類の精神的進化を促す礎である。
その哲学に触れた彼は、自らの宇宙的なヴィジョンを次世代へ伝えるためのマニフェストを作ろうと決意します。
そうして世紀の変わり目である1899年末に完成させたのが、この『パテル・ノステル(主の祈り)』という装飾本でした。
キリスト教の伝統的な祈りの言葉を、彼自身の神秘的な解釈で視覚化したのです。
彼は「主の祈り」の7つの節を分析し、各節を3つの異なるページ構成で体系的に構築しました。
祈祷文や自身の思想を記したカラー石版画のページに続き、モノクロームの凹版印刷による寓意画のページを設けたのです。
そこに描かれたのは、霧が深く立ち込める奈落で、半裸の人類が苦しみもがきながら、空中に浮かぶ巨大な精霊に向かって救いを求めて手を伸ばすという、極めて荘厳で形而上学的な世界でした。
1900年、パリ万国博覧会のオーストリア館でこの水彩の原画が展示されると、大きな反響を呼びました。
オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世もこれに深い関心を示し、ミュシャに騎士勲章を授与したほどです。

出典・参考資料
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