From The Frontispiece Of Le Pater ル・パテル 口絵

祈り象徴主義
From The Frontispiece Of Le Pater
寸法
本の全判:39.7 x 30.6 cm、個別プレート:約 19 x 25 cm
技法・素材
多色石版画(カラーリトグラフ)、凹版印刷(フォトグラヴュール)
所蔵
ミュシャ財団(プラハ)

チェコの南モラヴィア地方出身で、アール・ヌーヴォー様式を代表する世界的芸術家。

✦ 見どころ(技法・色彩)

本作は、多色石版画(カラーリトグラフ)と凹版印刷(フォトグラヴュール)を用いて制作された書籍の口絵です。淡いピンクや繊細なグリーン、クリーミーな白をベースにしたソフトな色調で描かれています。アール・ヌーヴォー特有の流麗な線が、女性の衣服や髪の毛に美しく表現されています。

✦ この絵の舞台

この絵は、キリスト教の「主の祈り」をテーマにした書籍『ル・パテル』の口絵として描かれました。女性はリュートのような古代の弦楽器を抱え、音楽や詩、神の宇宙的調和に対する祈りを捧げています。彼女の姿は、天上のメッセージを聴き取ろうとする魂の姿勢を擬人化したものです。

✦ 時代背景

1890年代後半のパリでは、ミュシャは商業芸術家として頂点に達していました。しかし彼はその状況に不満を抱き、人類の道徳的・精神的な成長に寄与する芸術を求めていました。1898年にフリーメイソンに加入した彼は、新しい世紀の幕開けに向けて、普遍的な霊的探求の道を示す本作を出版しました。

✦ 鑑賞のための問い

弦楽器を抱えた女性は、どんな音色に耳を澄ませていると思いますか?

髪にピンク色の花を飾った女性が、静かに横を向いています。
彼女の腕には、リュートのような弦楽器が抱えられています。

流れるような髪と、優美な女性の姿。
アルフォンス・ミュシャといえば、こうした華やかなポスターを思い浮かべるでしょう。

1860年に南モラヴィアのイヴァンチツェで生まれた彼は、パリで大成功を収めました。
1894年末に手がけたポスターで、一夜にして時代の寵児となります。
1896年には有力な印刷業者F. シャンプノワと独占契約を結びました。

月給制による財政的な安定。
ヴァル・ド・グラース通りには、広大なアパート兼スタジオを構えました。
1890年代後半のパリで、彼は商業芸術家として頂点に立っていたのです。

でも実は、彼はその状況に強い不満を抱いていました。

宣伝用のポスターや、日用品のデザイン。
終わりなく続く依頼に、彼は疲弊していました。

ミュシャが求めていたのは、単なる装飾ではありません。
人類の道徳的、そして精神的な成長に寄与すること。
そんな崇高なミッションを、彼は切望していたのです。

彼は1890年代初頭から、スピリチュアリズムに関心を持っていました。
そして1898年1月。
パリのフリーメイソンのロッジ「レ・ザンセパラブル・デュ・プログレ」に加入します。

「美」「真理」「愛」。
これらを視覚芸術を通じて大衆へ広めること。
それこそが自らの天命だと、彼は確信しました。

そして1899年12月20日。
新しい世紀の幕開けに向けて、一冊の本が出版されます。
それが、キリスト教の「主の祈り」をテーマにした『ル・パテル』です。

宗派を超えた普遍的な探求の道を示すため、このテキストが選ばれました。
パリの美術書籍専門の版元、アンリ・ピアッツァが共同企画者として名乗りを上げます。
印刷を担ったのは、あのF. シャンプノワでした。

最高峰の製本職人ポール・アフォルターらが、モロッコ革の装丁を施しました。
限定510部のみ制作された、特別な一冊です。

この続きは無料登録で読めます

この続き:約351文字

名画と名曲の物語を、無料で読む

Google で続きを読む
または

登録すると利用規約・プライバシーポリシーに同意したものとみなされます

すでに登録済みの方はログイン

あなたのノート

この絵画から感じたことを、美術手帳に残しておきましょう。

ノートを書くには登録が必要です。

無料で登録する

内容に誤りがある場合は こちらからご報告ください

このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシーと利用規約が適用されます。

音楽とアートが、
あなたを待っている。

芸術の物語を通じて自分だけの世界を広げていこう。
最新記事の更新をメールでお知らせします。

無料登録で読む