The kiss (lovers)
1908年

- 寸法
- 180 × 180 cm
- 技法・素材
- 油彩、樹脂油絵具、金箔、銀箔、プラチナ箔、黄銅箔、亜鉛白下地、カンヴァス
- 所蔵
- ベルヴェデーレ宮殿オーストリア絵画館(ウィーン)
国家の抑圧と激しい非難に対する、完全なる芸術的自由の証明。 特定の誰かではない普遍的な愛の姿を、まばゆい黄金と細胞の模様に託して描き出した、画家の静かなる勝利。
✦ 見どころ(技法・色彩)
画面全体を支配する黄金の輝きは、純金だけでなく、銀箔、プラチナ箔、黄銅箔を巧みに使い分けることで生み出されています。背景には不規則に砕いた金箔を散りばめ、星空のようなきらめきを表現しました。一方で、顔や手足には金属箔を使わず、カンヴァスに直接油彩を施して緻密なグラデーションを描き出しています。平面的な装飾と立体的な描写が完璧に融合しています。
✦ この絵の舞台
画面に描かれているのは、実在する特定の場所ではありません。完全に虚構化された無時間的な空間です。足元に広がる草地には、キンポウゲやスミレを思わせる花々が緻密に描かれています。これはクリムトが毎夏を過ごしたアッター湖畔で観察したアルプスの自然と、彼が収集していた日本の草木図譜の構図法が統合されて生まれた、装飾的な自然です。
✦ 時代背景
この絵が初公開された1908年は、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の即位60周年にあたり、帝国が表面的な華やかさを誇示していた時代です。同時に、顕微鏡技術の発達によって細胞構造や初期胚胎などの微視的世界が解明され、一般市民にもその知見が普及し始めていました。最先端の科学的発見が、芸術のモチーフへと昇華された時期でもあります。
色鮮やかな小花が咲き乱れる、急な崖の縁。
黄金の衣に包まれた男女が、深く抱き合っています。
男性はひざまずく女性の顔を両手で包み込み、そっと右頬に唇を寄せています。
女性は目を閉じ、恍惚とした安らかな表情を浮かべています。
この絵のモデルは、画家本人と伴侶のエミーリエ・フレーゲだと言われがちです。
また、過激な表現でスキャンダルになったと語られることもあります。
でも実は、特定のモデルを描いたという証拠はどこにもありません。
そしてこの絵は、非難されるどころか、未完成のまま国家に最高額で買い上げられたのです。
1900年代初頭のウィーン。
40代を迎えたグスタフ・クリムトは、激しいバッシングの渦中にいました。
ウィーン大学の大ホールを飾る天井画。
それを任されたものの、表現が退廃的だと非難されたのです。
保守派の教授陣や国会からの、猛烈な批判。
彼はすべての公的な仕事を拒絶します。
受け取っていた前渡金も、パトロンの支援を得て国に返還しました。
国家の圧力から離れたクリムト。
彼は私的な支援のもと、完全な自由を手に入れます。
誰からの注文でもありません。
自らの意志だけで、180センチ四方の巨大なカンヴァスに向かいました。
1907年、ウィーンのアトリエ。
彼は純金だけでなく、銀箔やプラチナ箔、黄銅箔を巧みに使い分けます。
カンヴァスに直接油彩で肌を描き、緻密な陰影をつけました。
描かれたのは、特定の誰かではありません。
普遍的な、恋人たちの姿でした。
女性のドレスに描かれた、同心円や楕円の模様。
これは、顕微鏡で見た初期の胚胎や受精卵の形です。
解剖学者の友人から最先端の科学を学び、生命の神秘を模様に託しました。
足元の草花は、彼が毎夏を過ごしたアッター湖畔の自然。
そこに日本の草木図譜の構図を重ね合わせました。
この続き:約593文字

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