La Belle Dame sans Merci(無慈悲な美女)
1893年
深く湿った、晩夏の森。 そこに、ワイン色の豪奢なドレスを纏った赤褐色の髪の美女が佇んでいる。
彼女は豊かな髪を、金属の鎧を着た騎士の首に複雑に巻き付けている。 まるで、獲物を窒息させる蛇の罠。
甲冑の騎士は、その強烈な眼差しに吸い込まれ、完全に意思を失っている。 彼の手から滑り落ち、地面に放棄された槍。 それは男性としての力の完全な去勢と、敗北を意味していた。
この絵が描いているのは、詩人ジョン・キーツが遺した有名な物語だ。
美しい「妖精の娘」に魅了された騎士が、正気を失うまで骨抜きにされ、冷たく寂しい荒野にたった一人置き去りにされてしまう哀れな悲劇。
一見、これはその耽美な世界を忠実に描き出したものに見える。
そして、この妖艶な美女のモデルは、画家の生涯のミューズとされてきたシビル・ミュリエル・フォスターだと、長年語り継がれてきた。 研究者たちもそう記述した。
しかし、この絵が真に描き出しているのは、19世紀末の男性社会を揺るがした「宿命の女(ファム・ファタール)」という神話の深層だ。
影に沈んだ騎士の顔。それは、抗えない「自然と美」の力の前にひれ伏す、すべての人間(エブリマン)の姿そのものである。
従来の絵画のように、純潔を失って社会から疎外される「弱き女性」の姿はここにはない。 あるのは、社会的地位の高い男性から能動的に主導権を奪い、支配関係を逆転させ、ただ「青ざめて彷徨う(palely loitering)」存在へと変えてしまう、強烈な女性の支配力だ。
でも実は…
イギリスの公的な人口統計という、冷徹な一次資料がその神話に終わりを告げした。
彼女の正確な生年月日は、1884年3月14日。 この絵が発表された1893年当時、彼女はまだ、わずか9歳の少女だったのだ。
9歳。 画面に漂う、男を支配するほどの圧倒的なセクシュアリティを、彼女が表現できるはずもない。
では、画家ウォーターハウスは一体誰を描いたのだろう。 彼は、特定の人間をそのまま写し取ったわけではなかった。
彼は一人、静かにアトリエにこもり、様々な女性の美を脳内でブレンドしていた。
妻エスターの面影。
ルネサンスの古典絵画のプロポーション。
それらを重ね合わせ、現実には存在しない、超越的な「理想の女性美」を自律的に創り上げたのだ。
そこには、画家の意地があった。 1893年のロイヤル・アカデミー夏季展。 出品された本作は、不運な展示レイアウトに泣かされていた。
隣に掛けられたジョージ・フレデリック・ワッツの作品『プロミシズ』。 その鮮烈な緋色の光彩。 それは、ウォーターハウスが本作で使用した、繊細な暗赤色や冷ややかな緑色を展示壁面で押し潰した。

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