Étretat: The Beach and the Falaise d'Amont(エトルタ:ビーチとアモンの断崖)
1885年
陽光を浴びて白く輝く、巨大な断崖。その足元に広がる静かな波打ち際と、ぽつりと並んだ小さな漁船。
一見すると、この絵は幸福に満ちている。パステル調のピンクと青が織りなす、夢のように美しい風景画。家族とともに訪れた静かなリゾート地で、モネが目の前の一瞬の喜びをそのまま写し取った「平穏な光の記録」だと、一般的には語られがちだ。
でも実は、このきらめく光の裏で、モネは激しい焦燥と闘っていた。この穏やかな絵は、現実の平穏から生まれたものではない。
むしろ、いつ壊れるか分からない「かりそめの幸福」を、彼が必死に守り抜こうとした、悲しい祈りの結晶だったのだ。
1885年9月。44歳のクロード・モネは、ノルマンディー地方の海岸町エトルタにいた。旅の連れは、愛するアリス・オシュデと、お互いの連れ子たちを含む8人の子供たち。
彼らは、世間から「不道徳な同居人」と冷たい目を向けられていた。アリスには、別居中とはいえ、エルネストという夫がまだいたからだ。世間の噂から逃れるように、彼らはこの静かな海岸へやってきた。
10月。アリスと子供たちが一足先に自宅へ帰る。一人、エトルタの「ホテル・ブランケ」に残されたモネは、狂ったように描き続けた。
失うのが、怖かった。
実はそれ以前から、夫のエルネストは「妻と子供たちを連れ戻す」とアリスに迫っていた。かつてエトルタの地から「もう、死んでしまいたい」とアリスへ絶望の手紙を送ったほど、モネは彼女を失う恐怖に怯え続けていたのだ。
そして翌1886年2月、最悪の知らせが届く。アリスの誕生日にエルネストが突然現れ、本当に家族を自分の元へ連れ戻そうと迫ったのだ。
絶望のあまり、エトルタへ再訪していたモネの筆は完全に止まってしまった。アトリエに取り残されたのは、描きかけの、あの未完成のキャンバスたち。

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