Bal du moulin de la Galette ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会

- 寸法
- 131.0 × 175.0 cm
- 技法・素材
- 油彩・カンヴァス
- 所蔵
- オルセー美術館(パリ)
高貴な歴史画にしか許されなかった巨大なカンヴァスへの、強烈な反逆。貧困と不遇のなかで、市井の人々のささやかな歓喜と平和への渇望を緻密な計算で刻みつけた、職人の執念。
✦ 見どころ(技法・色彩)
黒色や灰色の影を完全に排除しています。男性のコートにも純粋な黒は使わず、青や緑、紫を混色して表現しました。樹木を透過する木漏れ日を白や黄色、ピンクの斑点で描き、周囲の影と対比させることで、画面全体に光のスポットライト効果と色彩の振動を作り出しています。
✦ この絵の舞台
パリ18区モンマルトルの丘の上、コルトー街とジラルドン街に挟まれた野外ダンスホール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」。17世紀から続く風車小屋に併設された庭園で、日曜の午後になると労働者や職人、お針子、芸術家たちが集まり、ダンスと会話を楽しむ平和な憩いの場でした。
✦ 時代背景
1876年。普仏戦争の敗北とパリ・コミューンの流血惨事から5年が経過した時期です。都市再開発によってパリは近代的な大都市へと変貌し、日曜日を屋外で過ごす大衆レジャー文化が定着しつつありました。人々は戦争の記憶を拭い去り、平和と日常生活の歓喜を強く求めていました。
木漏れ日が降り注ぐ、野外のダンスホール。
グラスを囲んで談笑する若者たちや、ワルツを踊るカップルの熱気が、画面からあふれ出してきます。
この絵は、印象派を代表する最高傑作のひとつです。
一瞬の光や人々の動きを捉えた、スナップショットのような即興性。
長年、美術界ではこんな伝説が語り継がれてきました。
「ルノワールは突風が吹く日も、友人たちの手を借りて巨大なカンヴァスを現場に運び込んだ。そして、すべて屋外で一気に描き上げたのだ」と。
でも実は、違います。
近年の科学調査が、そのロマンチックな伝説を覆しました。
この絵は、アトリエの中で極めて緻密に計算され、構築されたものだったのです。
1876年。
35歳のピエール=オーギュスト・ルノワールは、どん底にいました。
伝統的な官展での連続的な不遇。
画材代や家賃を払うのも困難なほどの、極度の貧困。
それでも彼は、勝負に出ます。
印象派の独立展に、自らの集大成を問う決意を固めました。
選んだ舞台は、モンマルトルの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」。
庶民が日曜の午後を楽しむ、平和な憩いの場です。
5月、彼は近くのコルトー街12番地に古いアトリエを借りました。
毎週日曜日に通い詰め、その空気を身体に染み込ませます。
しかし、プロのモデルを雇うお金はありません。
どうしたか。
友人のジョルジュ・リヴィエールらの協力を得て、現地で声をかけたのです。
お針子のジャンヌやエステル。
キューバ出身の画家ビダルや、お気に入りのモデルのマルゴ。
若い女性たちの厳格な両親を説得するため、ルノワールはなけなしの金を使いました。
新しい帽子やドレスを買い与え、入場料やお菓子を振る舞ったのです。
用意したカンヴァスは、縦131センチ、横175センチ。
当時、神話や宗教を描く「歴史画」にしか許されなかった巨大なサイズです。
そこに、名もなき労働者や若者たちの日常を描く。
それは、美術界の階層秩序に対する、革命的な挑戦でした。
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出典・参考資料
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