Vétheuil ヴェトゥイユ
1901年

- 寸法
- 90.2 × 93.4 cm
- 技法・素材
- キャンバスに油彩
- 所蔵
- シカゴ美術館
✦ 見どころ(技法・色彩)
空と手前の川に分厚く下塗りをし、完全に乾いてから中央の建物や丘を薄く描き重ねています。光を透かすと空と水面が不透明で、建物が半透明になるという逆転した奥行きが生まれています。丘の起伏は、濡れた絵の具を重ねた後に乾いた筆で軽く引きずる手法で織物のような質感を表現。水面は青、紫、ピンクの水平の筆跡の隙間に下地の白を露出させ、光の乱反射を再現しています。
✦ この絵の舞台
セーヌ川の蛇行部に位置する農村ヴェトゥイユ。20世紀初頭になっても近代的な橋や鉄道駅がなく、中世的な雰囲気を残していました。白い民家群のピラミッド状の構図の頂点には「ヴェトゥイユのノートルダム聖堂」がそびえ立っています。モネは対岸のラヴァクール村の借家のバルコニーから、この静かな光景を定点観測的に描きました。
✦ 時代背景
1901年夏、モネはジヴェルニーの自宅で庭園の拡張工事に追われ、アトリエの熱気もあって創造的な麻痺状態に陥っていました。このスランプを打破するため、彼はかつて1878年から1881年にかけて極度の貧困のなかで妻カミーユを看取った追憶の地、ヴェトゥイユの対岸へと戻ります。過去の感傷にとらわれることなく、時間を追って変化する光を捉える「連作」の手法を用いて、15枚の作品を一挙に描き上げました。
セーヌ川の向こうに浮かび上がる、白い家々とノートルダム聖堂。
水面には青や紫、ピンクの光が揺らめき、渡し舟が静かに滑っていきます。
1901年の夏。
60歳を迎えていたクロード・モネは、深いスランプに陥っていました。
ジヴェルニーの自宅では庭園の拡張工事が続き、アトリエの熱気も相まって、絵筆を握ることすらできない状態。
創造的な麻痺。
この閉塞感を打ち破るため、彼はある場所へ向かう決意を固めます。
パリ郊外の農村ヴェトゥイユの対岸にある、ラヴァクールという小さな村でした。
ヴェトゥイユは、モネにとって決して心安らぐ場所ではありません。
1878年から数年間を過ごしたその地は、悲劇の舞台でした。
極度の貧困のなか、最愛の妻カミーユが闘病の末に32歳で息を引き取ったのです。
パトロンの家族を含めた12人の大世帯を抱えていました。
その日食べるジャガイモすら買えなかった日々。
若き日の苦闘と、亡き妻への痛切な想いが刻まれたそのシルエット。
モネはあえて、再びそこへ向き合うことを選んだのです。
ラヴァクールの借家のバルコニーにイーゼルを据えます。
そして、彼は対岸のヴェトゥイユを見つめました。
しかし、そこに描かれたのは過去の悲哀に満ちた感傷的な風景ではありませんでした。
この続き:約319文字

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