Almond blossom 花咲くアーモンドの木の枝
1890年

- 寸法
- 73.3 × 92.4 cm
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 所蔵
- ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)
狂気や死の予感という後世の神話化に対する、静かで確かな拒絶。自らと同じ名を与えられた甥の誕生を祝ぎ、澄み切った理性と家族への無償の愛を刻みつけた、生命の賛歌。
✦ 見どころ(技法・色彩)
日本の浮世絵から強い影響を受け、樹木の幹を描かずに枝だけをクローズアップする大胆な構図が採用されています。枝の輪郭には暗く太い線が引かれ、花びらには絵具を厚く盛り上げるインパスト技法が使われました。かつてはターコイズブルーの空と鮮やかなピンク色の花の強い対比で描かれていました。
✦ この絵の舞台
1890年2月、フランス南部プロヴァンス地方のサン=レミ。ゴッホが入院していた精神病院の庭園、あるいはその周辺の果樹園が舞台です。冬の冷気が残る中にも、日差しに春の訪れが感じられる早春の澄んだ空気のもと、彼は屋外で咲き始めたアーモンドの花を直接観察しながらキャンバスに向かいました。
✦ 時代背景
19世紀後半のヨーロッパでは、日本の浮世絵がもたらしたジャポニスムが大流行していました。また、産業革命による有機化学の発達で、鮮やかな合成顔料が普及した時代でもあります。しかし、その中には耐光性が低く、光や酸素に触れることで退色してしまう不安定な絵具も多く含まれていました。
澄み渡る青空に向かって、太い枝が力強く伸びています。
そこに咲き誇る、白く可憐なアーモンドの花々。
フィンセント・ファン・ゴッホ。
彼の名前を聞くと、多くの人が悲劇的な人生を思い浮かべるでしょう。
この絵もまた、狂気の絶望や、死の予感の中で描かれた。
そんな風に語られることが少なくありません。
でも実は、それは後世に作られた物語です。
この絵が描かれたとき、彼の心は極めて穏やかでした。
そして、この花は本来、白ではありませんでした。
1890年1月31日。
フランス南部のサン=レミの精神病院で療養していたゴッホのもとに、吉報が届きます。
パリに住む弟テオと義妹ヨーの間に、長男が誕生したのです。
テオは手紙で告げました。
子供には、兄と同じ「フィンセント・ヴィレム」と名付けたと。
ゴッホは心から喜びました。
甥の寝室に飾るための贈り物を描こう。
そう決意し、彼は早春の冷気が残る屋外へ向かいます。
選んだのは、アーモンドの木でした。
冬の終わりにどの果樹よりも早く咲くアーモンド。
それは「新しい生命」や「希望」の象徴です。
2月の中旬。
彼は澄んだ空気の中で、キャンバスに向かいました。
日本の浮世絵のように、幹を描かず枝だけを大胆に切り取る。
絵具を厚く盛り上げ、花びらの一枚一枚を丁寧に描き出していく。
「僕が描いた中で最も忍耐強く、冷静に描かれた最高のものになるはずだった」
後に彼は、手紙でそう振り返っています。
- この作品は 郷愁の語り部 の「あなたのための6作品」に入っています → 見る
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