Avenue to the Kammer Castle カンマー城公園の並木道
1912年

- 寸法
- 110 × 110 cm
- 技法・素材
- 油彩・カンヴァス
- 所蔵
- ベルヴェデーレ宮殿美術館
ウィーンの社会的喧騒と肖像画の注文から逃れた、純粋な精神的解放の探求。自らの内面と向き合うための瞑想的な小宇宙として、ただ色彩と形態の秩序だけを刻みつけた風景。
✦ 見どころ(技法・色彩)
正方形のキャンバスを用い、物語的な時間の流れを排除しています。クリムトは四角い穴を開けた枠や望遠鏡を用いて風景を覗き込みました。望遠レンズのような視覚効果で遠近感が圧縮され、遠くの建物と手前の樹木が同一平面上に押し潰されたような、モザイク的で平面的な構成が生み出されています。
✦ この絵の舞台
描かれた舞台は、上オーストリア州ザルツカンマーグート地方のアッター湖畔に実在する「カンマー城」の敷地内庭園です。湖から陸側へと伸びる歴史的な菩提樹の並木道が描かれています。20世紀初頭、この地域はウィーンの裕福な市民や文化人が集まる高級避暑地でした。
✦ 時代背景
1912年は、オーストリア=ハンガリー帝国の終焉に向かう政治的・社会的な緊張期でした。美術界ではウィーン分離派の運動を経て、エゴン・シーレらによる表現主義が台頭していました。クリムト自身も過度の装飾性から離れ、より自由な色彩表現を重視した後期様式へと移行していた時期にあたります。
画面の両側から、緑の木々がアーチのように覆いかぶさっています。
奥へと続く並木道の先に、黄色い壁と赤い屋根の小さな建物が見えます。
この絵の奥、木漏れ日や陰影の中に注目してみてください。
「祈る乙女の姿が潜んでいる」
一部の鑑賞者の間で、そんな噂がまことしやかに語られることがあります。
あるいは、湖に浮かべたボートの上から描かれたロマンチックな風景だ、と。
でも実は、それらはすべて事実ではありません。
近年の科学的な調査によって、この絵に人物が描かれた痕跡はないことが証明されています。
また、描かれた場所も湖の上ではなく、陸上の公園内でした。
モデルとなる人物は存在しない。
描かれているのは、純粋な自然と建築だけです。
なぜ彼は、誰もいない風景を描いたのでしょうか。
1912年の夏。
グスタフ・クリムトは、オーストリアのアッター湖畔に滞在していました。
ウィーンの裕福な市民たちが夏の暑さを避けて集まる、高級避暑地です。
彼は1900年からの十数年間、毎年のようにこの湖畔で夏を過ごしました。
生涯に描いた風景画の大部分を、この周辺で制作しています。
当時の彼は、大きな転換期にありました。
金箔を多用した、あの華やかな「黄金の時代」はすでに終わっています。
ウィーンの大都市では、絶え間ない肖像画の注文が彼を待っていました。
社会的な喧騒。
人々の期待と、まとわりつくしがらみ。
そこから離れたアッター湖での日々。
それは彼にとって、芸術的な実験の場でした。
そして何より、精神的な解放の場だったのです。
この風景画は、パトロンからの注文ではありません。
彼が、彼自身の探求のためだけに描いた自主制作の作品です。
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