
- 寸法
- 57.2 × 54.6 cm
- 技法・素材
- キャンバス(ボードに裏打ち)、油彩
- 所蔵
- 個人蔵
Girl with a Plate with a Folk Motif
1920年
✦ 見どころ(技法・色彩)
晩年のミュシャに特徴的な、極めて流動的で光を孕んだような「ルミナス・ブラッシュワーク」が用いられています。ブルーやバイオレット、冷たいパステルカラーが調和し、衣服や肌の輪郭に微細なタッチを施すことで、少女の身体が内側から発光しているかのような神秘的なオーラを生み出しています。
✦ この絵の舞台
この絵が描かれたのは、西ボヘミアに位置するズビロフ城の大アトリエです。背景は現実の空間から切り離され、深いブルーとライラック(薄紫)の色彩で満たされています。これは、神秘的な精神世界や東欧スラヴのフォークロアが息づく象徴主義的な空間として構築されたものです。
✦ 時代背景
1918年の第一次世界大戦終結に伴い、ハプスブルク帝国が崩壊し、ミュシャが長年夢見たチェコスロバキア共和国の独立が達成されました。1920年当時、ミュシャは商業ポスターから離れ、祖国の歴史と精神性を描く超大作『スラヴ叙事詩』の制作に心血を注いでいました。
深いブルーと薄紫の空間に浮かび上がる、ひとりの少女。
彼女は民族衣装をまとい、絵筆と色鮮やかな皿を手に、こちらをまっすぐに見つめています。
アルフォンス・ミュシャと聞いて思い浮かべるのは、19世紀末のパリの街角を彩った華やかなポスターでしょう。
花々に囲まれた、美しくもどこか儚げな女神たち。
消費社会のアイコンとして描かれた優美な女性像。
この絵もまた、そんなミュシャが描いた可憐なミューズの一人に見えるかもしれません。
でも実は、彼女はただのモデルではありません。
自ら筆を握り、父の巨大な遺産を戦火から守り抜くことになる「表現者」なのです。
少女の名前は、ヤロスラヴァ・ミュシャ。
画家の愛娘です。
この絵が描かれた1920年、彼女は11歳でした。
舞台は、西ボヘミアのズビロフ城にある大アトリエ。
1918年に第一次世界大戦が終結し、祖国チェコスロバキアは悲願の独立を果たします。
ミュシャはすでに、パリでの商業的な成功を捨てていました。
彼が心血を注いでいたのは、全20幅の超大作『スラヴ叙事詩』。
祖国の歴史と民族の精神をキャンバスに刻み込む、壮大なプロジェクトです。
ヤロスラヴァは当初、バレエを学んでいました。
しかし、やがて父の背中を追い、美術の道へと進みます。
彼女はただポーズをとるだけでなく、この城のスタジオで父の重要な助手へと成長していきました。
顔料を調合する日々。
『スラヴ叙事詩』の第一作である『原初スラヴ人』では、彼女が星空の彩色を手伝いました。
父と娘は、並んで筆を握り、ともに祖国の魂を描き出していったのです。
しかし、時代は残酷でした。
第二次世界大戦の暗い影が、彼らの祖国を覆い尽くします。
ナチス・ドイツによる略奪。
不適切な環境での保管。
父が人生のすべてを捧げて描き上げた『スラヴ叙事詩』は、戦火の中で激しく損傷してしまうことになります。
父の死。
そして、無残に傷ついた傑作。
絶望的な状況の中で、彼女は立ち上がりました。

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