
- 寸法
- 189 x 110 cm
- 技法・素材
- カラーリトグラフ、紙
- 所蔵
- プラハ・ミュシャ美術館
Zdeňka Černý The greatest Bohemian violoncellist
✦ 見どころ(技法・色彩)
実物の写真を基にしながらも、ズデニカの顔を理想化し、髪のトーンを明るくし、楽譜をめくる手のポーズを微調整することで、神聖な「音楽のミューズ」としての精神性を画面に付与しています。白いドレスを着た彼女を、暖かく神聖な光が包み込むような色彩設計が特徴です。
✦ この絵の舞台
具体的な地名としての舞台はありませんが、背景に浮かび上がる細かな民族風のサークルは、ミュシャが情熱を注いだ「スラブ・ボヘミア」の土着的な音楽性と精神性を表しています。無垢さを象徴する百合と、音楽的勝利を祝す月桂樹の2つのサークルが配置され、ボヘミアの大地を思わせる暖かく神聖な光で満たされた空間となっています。
✦ 時代背景
1913年に制作され、1914年から1915年にかけて予定されていたズデニカの最初の大規模なヨーロッパ・コンサートツアーのプロモーション用でした。しかし1914年に第一次世界大戦が勃発し、ツアーは完全に中止となります。さらに1916年の結婚により彼女はチェロの演奏を禁じられ、ポスターは幻となりました。
白いドレスを身にまとい、大きなチェロを抱える少女。
彼女は静かに楽譜へと手を伸ばしています。
背景には、無垢さを象徴する百合と、勝利を祝す月桂樹の円環。
ボヘミアの大地を思わせるような、暖かく神聖な光が画面全体を満たしている。
一見すると、若き音楽家の輝かしい未来を祝福するポスターに見えるでしょう。
実際、これは彼女の初となる大規模なヨーロッパ・ツアーのために作られました。
でも実は、このツアーが実現することはありませんでした。
そして彼女が再び舞台でチェロを弾くこともなかったのです。
物語の始まりは1906年のシカゴ。
当時、画家ミュシャはシカゴのボヘミア音楽院の教授の家に下宿していました。
アルベルト・ヴォイテフ・チェルニーという人物です。
そこで出会ったのが、教授の次女である7歳のズデニカです。
彼女の類稀なる音楽的才能に深く感動した画家は、ひとつの約束を交わします。
「君が将来、一流の演奏家になった暁には、君の肖像ポスターを描こう」
時は1913年。
16歳になったズデニカは、見事なチェロの達人へと成長していました。
画家は約束を果たします。
実物の写真を基にしながらも、彼女の顔は理想化されています。
髪のトーンも明るく引き立てられました。
楽譜をめくる手のポーズにも微調整が加えられました。
こうして彼女は、神聖な音楽のミューズとして描き出されたのです。
1914年から1915年にかけて予定されていた、ヨーロッパ・ツアー。
そのプロモーションのために、この美しいポスターは刷り上がりました。
輝かしい未来への扉が、まさに開かれようとしていた。
しかし1914年。
第一次世界大戦が勃発します。
世界を飲み込んだ戦火により、予定されていたツアーは完全に中止となります。
さらに1916年、彼女の運命を決定づける出来事が起きます。
そして結婚。
夫となった彼は、ズデニカがチェロのキャリアを継続することを固く禁じました。
そればかりか、後進に音楽を指導することすら許さなかったのです。
チェロを取り上げられた天才少女。
彼女はその後、102歳という長寿を全うします。
しかし、この結婚の日を最後に、彼女が生涯で二度とチェロを演奏することはなかったのです。

出典・参考資料
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