
- 制作年
- 1914
- 寸法
- プレート(版面)サイズ: 12.8 × 10.9 cm
- 技法・素材
- ベージュまたはクリーム色の紙にドライポイント
- 所蔵
- ミネアポリス美術館 / ニューヨーク近代美術館 / メトロポリタン美術館
Portrait of Franz Hauer (Bildnis Franz Hauer)
1914年
✦ 見どころ(技法・色彩)
ドライポイントという銅版画の技法が使われています。金属の板に直接針で線を刻むことで、線の周囲にインクが滲み、ざらついた独特の質感が生まれます。眉間の激しいシワは、深く刻まれた網目状の線で表現されています。鋭い線が外科の縫合痕のような緊張感を与える一方で、素朴な愛らしさも同居しています。
✦ この絵の舞台
ウィーンにあるシーレのスタジオ内部です。しかし、背景となる室内の調度品や空間の広がりを示す要素は一切描かれていません。人物の上半身は、服の皺やボタンといった日常的なディテールを削ぎ落とされた幾何学的なブロックとして表現されています。この徹底した抽象化により、鑑賞者の目は虚空に浮かび上がるような男の彫刻的な表情のみに引きつけられるよう設計されています。
✦ 時代背景
1914年は第一次世界大戦が勃発した年です。ウィーンの美術界では、特権的な上流階級だけでなく、ハウアーのような叩き上げの実業家も現代美術の重要なパトロンとして台頭していました。しかし、戦争の影が忍び寄る中、シーレの最大の支援者であった彼もまた、病により突然の死を迎えることになります。
眉間に深いシワを刻み、虚空を見つめる男。
無数の線で削り出されたような顔立ちです。
彼の名は、フランツ・ハウアー。
郵便配達員の息子から身を起こし、ウィーン最古にして最も成功した名門酒場のオーナーにまで上り詰めた実業家でした。
彼は現代美術の収集に、熱烈な執念を燃やしました。
1913年、彼は若きエゴン・シーレとある契約を結びます。
それは、シーレの新作を誰よりも早く閲覧し、最優先で購入できる権利でした。
ハウアーは、シーレにとって最大の顧客となります。
最も多額の資金を支払う、重要なパトロンでした。
シーレは彼に、最高峰の風景画を直接売却しています。
シーレが旅行先から「魅力的な木造の家や風車を発見した」とわざわざ手紙を送るほど、二人の関係は緊密なものでした。
しかし。
この肖像画が制作された、わずか数ヶ月後のこと。
ハウアーは虫垂炎を悪化させます。
そして47歳という若さで、突然この世を去りました。
主を失った膨大なコレクション。
それらは四散し、国内外の市場へと売り払われました。

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