Portrait of Arthur Roessler (Bildnis Arthur Roessler)
1914年
✦ 見どころ(技法・色彩)
硬質な銅版に鋼鉄の針で直接線を刻むドライポイント技法。線の周囲の金属のまくれにインクが留まることで、力強くざらついたにじみのある線が生まれています。
✦ この絵の舞台
ウィーンにあるシーレのスタジオ内部。背景の室内要素は一切排除され、レスラーの鋭い横顔と手の配置のみが画面の中心として構成されています。
✦ 時代背景
1914年、第一次世界大戦が勃発。生活物資が窮乏する中、シーレは経済的自立を模索し、レスラーの勧めでドイツの版画市場に向けた制作を始めました。
背景のない空間。
鋭い横顔の男が、画面の外の無限の空間を見つめています。
顎の下で絡み合う、異様に歪曲した両手。
関節が強調された骨張った指先が、劇的な中心として配置されています。
描かれているのは、美術批評家のアルトゥール・レスラー。
エゴン・シーレの芸術を世に送り出した、最大の功労者です。
1914年。
第一次世界大戦が勃発し、オーストリア=ハンガリー帝国がセルビアに対して宣戦布告をした、美術史上の大きな岐路となる年でした。
心臓疾患を患っていたシーレは、兵役不適格とされます。
しかし、戦争の惨禍と生活物資の窮乏は深刻でした。
経済的な自立を模索する若き画家に、レスラーは手を差し伸べます。
ドイツの版画市場の収益性を説きました。
そして、自ら金属版を提供し、版画の制作を強く勧めたのです。
「道具とプレートをすぐに購入してほしい」
同年2月19日。
シーレはレスラーに宛てた手紙で、そう懇願しています。
熱心な支援に応えるため、彼は最初の版画シリーズに取り組みました。
二人の間には、緊密な交渉がありました。
ある時は、独特な物々交換が行われました。
巨大な槍といくつかの矢。
レスラーが持つアンティーク兵器を受け取る代わりに、シーレは油彩風景画『廃墟』を譲渡したのです。

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