Study for Schwarz und Weiss 黒と白のための習作
1909年

- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス(または厚紙にマウントされたカンヴァス)
- 所蔵
- ポンピドゥー・センター(フランス、パリ、国立近代美術館)
✦ 見どころ(技法・色彩)
ポスト印象派や野獣派の強烈な色彩対比を踏襲しつつ、純粋抽象への飛躍を予感させる表現主義的な様式です。パレットナイフを用いた肉厚で情熱的な筆触により、具体的なモチーフは色彩の塊と化しています。黒の重厚な枠組みが色彩を強調し、白色の領域が画面に解放感を与える極限的なトーンの対比が見どころです。
✦ この絵の舞台
カンディンスキーとパートナーのガブリエレ・ミュンターが拠点とした、南ドイツ・バイエルン地方のアルプス山麓にある町ムルナウが舞台です。起伏のある丘陵や素朴な田園風景が広がるこの地は、彼が視覚的な再現性から離れ、自律的な絵画表現を模索する決定的な触媒となりました。
✦ 時代背景
1909年は、カンディンスキーが「ミュンヘン新美術家協会」を創設し、画家としての主導権を確立した年です。実社会の物質主義に失望していた彼は、芸術を通じた精神性の回復を求めていました。音と視覚表現の共感覚的な統合を目指し、舞台劇の草稿を執筆するなど、新たな表現を模索していた時期にあたります。
黒く重厚な枠組みの中に、鮮やかな色彩の塊が重力を失って揺らいでいます。
具体的な形は溶け出し、白と黒の強烈な対比が画面を支配する風景。
ヴァシリー・カンディンスキーは、30歳でロシアでの法学のキャリアを捨て、画家を志してミュンヘンへと渡りました。
1901年に自身の画塾「ファランクス」を立ち上げると、そこへ生徒として入塾してきたのがガブリエレ・ミュンターです。
二人は深い恋愛関係に発展し、ヨーロッパや北アフリカを旅しながら風景スケッチを重ねていきました。
1909年。
カンディンスキーが画家としての主導権を社会的に確立した年です。
彼はミュンターらとともに「ミュンヘン新美術家協会」を創設し、初代会長に選出されました。
当時の彼は、実社会の物質主義的な価値観に深く失望していました。
求めていたのは、芸術を通じた精神性の回復。
音と視覚表現の共感覚的な統合を目指し、舞台劇の草稿を執筆するなど、新たな表現を模索し続けていたのです。
彼を突き動かしていたのは、幼い頃の原体験でした。
13歳か14歳の時、貯金をはたいて初めて油絵具の箱を購入した日のこと。
チューブから搾り出される絵の具の姿に、彼は「ひとつの生命の誕生」を見たといいます。
この色彩との原初的な遭遇が、彼の表現を根底から支えていました。
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出典・参考資料
ほかの画家
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