Abend (around 1921) 夕暮れ

- 寸法
- 80 × 49 cm
- 技法・素材
- 紙、インク、水彩、ミクストメディア
- 所蔵
- ウィーン・ミュージアム
✦ 見どころ(技法・色彩)
燃え上がるような強烈な赤、不穏な輝きを放つ黄色、そして深いブルーの層によって、日没の劇的な空の変化が表現されています。最大の見どころは、これらの色彩の上に、意図的にかきむしるように執拗に引かれた「落書きのような線」の網目が全体を覆っている点です。この技法が、都市生活の底流にあるノイズや混沌としたエネルギーを視覚化しています。
✦ この絵の舞台
描かれているのは、古い伝統的なヨーロッパの都市の景観です。中央には天を突き刺すような鋭い教会の尖塔がそびえ立ち、ウィーンあるいはグラーツの旧市街を想起させます。画面全体が暗い窓枠のような境界で囲まれており、鑑賞者はプライベートな暗い室内から、暮れゆく巨大な都市を遠望しているような特異な視点に置かれます。
✦ 時代背景
1921年のオーストリアは、第一次世界大戦の敗北によるハプスブルク帝国の崩壊と、新しい民主主義への過渡期にありました。急激なインフレや物資不足に加え、暴力的な階級闘争の火種が常に燻っていた時代です。社会民主主義を支持していた若きヴィーナーにとって、都市は新たな変革の舞台であると同時に、デカダンスと崩壊の危機に満ちた混沌そのものでした。
暗い窓枠越しに見える、教会の尖塔と街のシルエット。
空は黄色、赤、青と鮮やかな層をなし、燃え上がるような夕暮れを描き出しています。
一見すると、美しいステンドグラスか、静かな都市の風景画のように見えるかもしれません。
でも実は、この絵を描いたカール・ヴィーナーという人物は、半世紀以上もの間、美術史から完全に「消し去られていた」画家なのです。
1921年。
第一次世界大戦に敗れ、ハプスブルク帝国が崩壊した直後のオーストリア。
20歳のヴィーナーは、故郷グラーツで銀行員として働きながら、独学で絵を描いていました。
社会民主主義の印刷所で働く父を持ち、自身も熱心な活動家だった彼にとって、目の前の都市は、古い時代の終焉と新たな階級闘争が渦巻く場所でした。
暴力的な衝突の火種が、常に街の底で燻っていたのです。
やがて彼は本格的に美術を学び、画家としてウィーンへ移住します。
しかし、時代はファシズムへと傾いていきました。
1938年、ナチス・ドイツによるオーストリア併合。
自由は奪われ、彼の居場所も暴力的に奪い去られます。
ナチス占領下のウィーン。
彼は美術学校で教鞭を執りながら、夜な夜な命がけで反体制のグラフィックを密かに描き続けます。
ヒトラーを名指しで批判する作品群。
見つかれば、即座にゲシュタポに連行され、命を奪われる。
そんな極限の恐怖の中で、彼は権力への怒りを紙に刻み込みました。
この続き:約590文字

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出典・参考資料
ほかの画家
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