Untitled 無題

1929年

油彩
Untitled
寸法
11.4 × 33 cm
技法・素材
板(木板または硬質ボード)に油彩
所蔵
ポンピドゥー・センター/フランス国立近代美術館(パリ、フランス)

✦ 見どころ(技法・色彩)

キャンヴァスではなく、小型の板に薄く緻密に油彩絵の具を塗り重ねる技法が用いられています。デッサウ期の典型的な特徴である「厳格で合理的な形態の構築」を反映しており、感情を剥き出しにした厚塗りの筆跡は排除されています。フラットな色の面と、極めて正確な直線や円弧が調和し、幾何学的な記号へと結晶化した表現論理が際立っています。

✦ この絵の舞台

極めて極端な横長(パノラマ状)の画面構成に、三角形、半円、直線の幾何学形態、および複数の格子模様が配置されています。右側には三角形の帆を持った「極めて様式化された船」が描かれ、剣のように鋭く交錯する直線群も存在します。具体的な風景ではなく、大洪水とノアの方舟による黙示録的な世界の破滅と精神的再生を表すシンボリックな図像が幾何学的な記号へと結晶化した精神的な空間です。

✦ 時代背景

1929年、バウハウスがデッサウへ移転し、創設者グロピウスが去り新学長が就任した激動期。世界はブラック・サーズデーを発端とする大恐慌に突入し、ドイツ国内ではナチス勢力が台頭してバウハウスへの攻撃が強まっていました。社会の暗転期でしたが、同時にアメリカの大富豪グッゲンハイムがカンディンスキー作品の収集を開始し、彼にとってアメリカでの栄光が始まった歴史的な年でもありました。

✦ 鑑賞のための問い

右側に浮かぶ三角形の帆を持つ船は、どこへ向かって進んでいるように見えますか?

極端に横に細長い、パノラマのような画面。

縦はわずか11センチ、横は33センチという小さな板の上に、三角形や半円、直線といった幾何学的な形と、いくつかの格子模様が規則正しく並んでいます。

一見すると、定規やコンパスで引かれたような、冷たく合理的な抽象画に見えるでしょう。

タイトルも『無題』。

具体的な風景や人間の感情は完全に排除され、ただ色と形だけが純粋に配置されている。

デッサウ時代の彼に特有の、厳格で合理的な形態の構築。

一般的には、そのように語られがちな作品です。

でも実は、この幾何学的な記号の集まりの中に、「ノアの方舟」が隠されているのです。

1929年、ドイツのデッサウ。

63歳になっていたカンディンスキーが教鞭をとっていた造形学校バウハウスは、激動の渦中にありました。

前年に創設者のヴァルター・グロピウスが去り、ハンネス・マイヤーが新学長に就任。

さらにこの年、ウォール街の大暴落を発端とする世界大恐慌が起こります。

ドイツ国内でもナチス勢力が台頭し、前衛的なバウハウスへの攻撃は一段と激しさを増していました。

社会全体が暗転していく、息苦しい時代。

そんな中、カンディンスキーはかつて初期の作品で頻繁に描いていたモチーフを、密かにこの絵に忍ばせました。

それが「大洪水」による世界の破滅と、精神的な再生のシンボルです。

画面の右側に注目してください。

三角形の帆を持った、極めて様式化された船の形が見えてこないでしょうか。

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