Pride of Prague プラハの誇り

1960年

油彩
Pride of Prague
技法・素材
油彩
所蔵
ジェームズ・F・クルハネック氏個人コレクション

✦ 見どころ(技法・色彩)

油彩による表現。商業美術家としても活躍した画家の確かな技術が、遠い祖国の情景をカンヴァスに描き出しています。

✦ この絵の舞台

チェコスロバキアの首都プラハ。画家ジェームズ・C・クルハネックの家族のルーツであるボヘミア移民の故郷であり、彼自身のアイデンティティを指し示す象徴的な舞台として描かれています。

✦ 時代背景

1960年。アメリカ中西部で地方主義の画家として活動していたクルハネックが、移民二世としての自身のルーツに向き合った時期です。チェコの伝統に対する生涯を通じた誇りが込められています。

✦ 鑑賞のための問い

あなたがこの絵の中に立つとしたら、プラハのどの景色を一番に見つめたいですか?

プラハの情景。
それは、遠い祖国の記憶を呼び覚ます象徴的な舞台です。

1960年。
オハイオ州クリーブランドを拠点に活動していた画家。
ジェームズ・C・クルハネックは、この油彩画を描き上げました。
当時、彼は52歳。
彼はアメリカ中西部を代表する地方主義の画家です。
同時に、商業美術家として日々筆を握っていました。

彼には、生涯を通じて胸に抱き続けていたものがあります。
それは、チェコの伝統に対する強い誇りでした。
1908年に生まれた彼は、ボヘミア移民の二世です。
彼はアメリカの地で生まれ育ちました。
それでも、家族のルーツであるチェコスロバキアの首都プラハは特別でした。
彼にとって、自らのアイデンティティを指し示す場所だったのです。

しかし、彼の油彩画は、主要な美術館に並ぶことはありませんでした。
彼は主に個人制作や商業デザインに軸足を置いていたからです。
彼が描いた油彩画の多くは、公的な機関には収蔵されませんでした。

では、この絵は誰が守ってきたのでしょうか。

1990年4月1日、画家はこの世を去ります。
残された作品を引き継いだのは、実の息子でした。
ジェームズ・F・クルハネック。
息子は、父が遺した原画を大切に保管し続けました。
それだけではありません。
父の生きた証を後世に残すため、自らの手で原画をスキャニングしたのです。
そして、デジタルデータとして公式に公開しました。

この続きは無料登録で読めます

この続き:約227文字

名画と名曲の物語を、無料で読む

Google で続きを読む
または

登録すると利用規約・プライバシーポリシーに同意したものとみなされます

すでに登録済みの方はログイン

あなたのノート

この絵画から感じたことを、美術手帳に残しておきましょう。

ノートを書くには登録が必要です。

無料で登録する

内容に誤りがある場合は こちらからご報告ください

このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシーと利用規約が適用されます。

音楽とアートが、
あなたを待っている。

芸術の物語を通じて自分だけの世界を広げていこう。
最新記事の更新をメールでお知らせします。

無料登録で読む