Composition VIII コンポジション VIII
1923年

画像: Wikimedia Commons / Public Domain
- 寸法
- 140.3 × 200.7 cm
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 所蔵
- ソロモン・R・グッゲンハイム美術館
大戦前の劇的な時期を経て、ゆっくりと大いなる静寂へと発展した。冷たいと批判されたが、純粋な形態相互の構成による精神的振動を目的としている。
✦ 見どころ(技法・色彩)
画面左上の重厚な黒い円に視線が引き寄せられた後、放射状に伸びる斜線や鋭角的な三角形に沿って画面右方向へと視線が誘引される。定規やコンパスを用いたシャープな線描が特徴で、「黄色は手前に進出し、青は奥へと退行する」という色彩の作用を利用し、平面的でありながら多層的な奥行きを生み出している。
✦ この絵の舞台
現実の土地や特定の部屋、実在の建築物を模したものではなく、カンディンスキーの内面的精神世界および造形理論に基づいて構築された「純粋な絵画的空間(無対象の空間)」。制作の物理的舞台はドイツのワイマールである。
✦ 時代背景
1923年のドイツは、ワイマール共和政下の劇的なハイパーインフレと社会的・経済的混乱の渦中にあった。しかし、バウハウス内部では、混乱する社会に対して幾何学的秩序と造形的法則性をもって新たな人間生活の調和を提示しようとするユートピア的な精神が高まっていた。
1923年の夏、ドイツのワイマール。ワシリー・カンディンスキーは、アトリエで巨大なキャンバスに向かっていた。かつて彼が描いていたような、感情を激しくぶつけるような筆跡はない。定規とコンパスを手に、静かに、そして正確に線を引き、円を描いていく。画面の左上には、重厚な黒い円。そこから放射状に伸びる直線や鋭角的な三角形。現実の風景や人物は一切描かれていない。そこにあるのは、彼が長い時間をかけてたどり着いた、純粋な形と色の世界だった。
嵐の時代を抜け出して
第一次世界大戦、そしてロシア革命。カンディンスキーが過ごした1910年代は、まさに激動と破局の時代だった。彼自身の絵画もまた、その時代の空気を吸い込むように、混沌とした感情の吐露であふれていた。大洪水や黙示録的な破滅を思わせるダイナミックな色彩の渦。それは、彼自身の内面で吹き荒れる嵐そのものだったのかもしれない。
しかし、1921年の暮れ、彼はソヴィエト・ロシアでの過酷な政治的・理論的対立から逃れるようにドイツへと再移住する。生産主義者らとの衝突に疲弊していた彼にとって、新たな環境は救いだった。翌1922年6月、国立デザイン学校「バウハウス」の委嘱を受け、壁画工房の責任者および基礎コースの教授としてワイマールに赴任した彼は、ようやく経済的にも精神的にも安定した日々を取り戻した。妻ニーナとの穏やかな生活。そして、バウハウスという理知的で実験的な環境。それは、彼にとって嵐の後の静かな港のような場所だった。
当時のバウハウスは、創設初期の手工芸を重視する姿勢から、ヴァルター・グロピウスが打ち出した「芸術と技術の新たな統合」というスローガンのもと、より合理的で構造的なデザイン思想への転換期を迎えていた。ロシア・アヴァンギャルドの運動を肌で知るカンディンスキーにとって、このワイマールの環境は、戦前の抒情的で破局的な抽象から、幾何学的で構造的な抽象へと自身のスタイルを昇華させる直接的な土壌となった。彼は教授として造形理論の講義ノートを執筆しながら、精力的に制作活動に没頭していく。
この続き:約1,751文字
- ・「冷たい」と批判された傑作に込められた画家の真意
- ・円や三角形などの幾何学図形が奏でる精神の音楽
- ・混乱の時代を経て辿り着いた「大いなる静寂」の正体
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