Fuge in Rot 赤のフーガ

- 寸法
- 24.4 × 31.5 cm
- 技法・素材
- 台紙に貼付された紙に水彩および鉛筆
- 所蔵
- スイス個人蔵(パウル・クレー・センター長期寄託)
空間芸術である絵画への、時間と多声性の導入実験。バウハウスの学生に造形理論を示すため、自らの音楽的思考と緻密な計算を水彩の層構造に刻み込んだ、理論的探求の結晶。
✦ 見どころ(技法・色彩)
紙に鉛筆で繊細な下描きをした後、極めて薄く透明度の高い水彩絵の具を何層にも重ねる技法が使われています。インディゴレッドと緑の補色対比を用い、最も明るい下地から出発して形を塗り残しながら、最後に黒色で背景を落とし込むという高度な逆算が行われています。半透明の層が重なる部分は、音楽の対位法のように響き合っています。
✦ この絵の舞台
本作は実在する地理的場所を描いたものではありません。画家の純粋な理論的思考によって構築された、自律的な抽象絵画空間です。1921年5月、ドイツのワイマールにあるバウハウスにおいて、クレーが造形講義のプロセスの中で生み出した理論的抽象空間が、この絵の真の舞台と言えます。
✦ 時代背景
第一次世界大戦の敗戦後、ワイマール共和国体制下で新たな社会と芸術の統合を目指す運動が発展していました。バウハウスでは建築や絵画、音楽などの諸領域を統合する教育が行われており、クレーはバッハの対位法や同時代の現代音楽理論を取り入れ、空間芸術である絵画に時間的経過を持ち込む「多声的絵画」を切り開きました。
暗黒の背景の中に、赤から緑へと変化する形が浮かんでいます。
壺や円、長方形といった幾何学的なモチーフ。
それらが重なり合いながら、水平に流れていく。
黒い闇の中に、鮮やかな形が浮かび上がっているように見えます。
タイトルが『赤のフーガ』であることから、こんな風に語られることがあります。
バッハの音楽を聴いた興奮のまま、黒いキャンバスに一気に描き上げたのだ、と。
感情の赴くままに筆を走らせた、直感的な作品であると。
でも実は、違いました。
描かれた順番は、私たちの目に見える印象とは「真逆」だったのです。
1921年。
ドイツのワイマール。
パウル・クレーは、設立されたばかりのバウハウスの教授に着任しました。
前衛画家としての地位と、安定した収入。
輝かしいキャリアの始まりでした。
しかし、現実は甘くありません。
新しい教育プログラムの構築。
講義のカリキュラム作成。
多大な労力と、絶え間ない支出。
クレーは当時の手紙の中で、お金に対する愚痴をこぼしています。
その絶え間ない苦労を、彼は冗談めかして「フーガの持続音」と呼んでいました。
そんな多忙な日々のなか。
5月初頭、クレーは学生に見せるための模範作品を描き始めます。
絵画という空間の中に、どうやって「時間」を描き出すか。
それが彼の課題でした。
彼はバッハの対位法をモデルにしました。
複数の声部が独立して動きながら、ひとつの音楽を作り上げる構造。
それを絵画で実現しようとしたのです。
近年の科学調査によって、この絵の驚くべき制作プロセスが明らかになっています。
私たちはこの絵を、暗い左側から明るい右側へ、奥から手前へと進んでいるように感じます。
黒い背景の上に、明るい色を乗せたのだと。
真逆でした。
クレーはまず、真っ白な紙の上に、最も明るい淡い赤を塗りました。
そして、重なり合う形を白く切り抜くように残しながら、少しずつ濃い赤を重ねていきます。
続いて、緑色の水彩を同じように重ねる。
薄く透明な絵の具を、何層にも、何層にも。
最後に彼が手にしたのは、黒でした。
背景全体を覆うように、黒い絵の具を流し込んだのです。
直感的な一発描きではありません。
最も明るい光から出発し、暗闇へと逆算していく。
極めて緻密で、計算し尽くされた実験でした。
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出典・参考資料
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