Ad Parnassum パルナッソス山へ

- 寸法
- 100 × 126 cm
- 技法・素材
- 木枠に張られたカンヴァス上のカゼイン地塗りの上に、油彩、スタンプによる線画、白でスタンプ処理後に油彩で塗り重ねられた点彩
- 所蔵
- ベルン美術館(スイス・ベルン)
✦ 見どころ(技法・色彩)
カンヴァスに白い下地を塗り、黒い線と白い点をスタンプのように打ち出しています。さらにその白い点の上に、油彩の絵の具を1点ずつ丹念に塗り重ねるという非常に複雑な多層構造を持っています。下地の白が隙間から透けることで、画面全体が内側から発光しているかのような独特の質感を生み出しています。
✦ この絵の舞台
クレーが1928年から翌年にかけて旅したエジプトの記憶と、ギリシャ神話の世界が交錯する空間です。エジプトで見たピラミッドの構造や圧倒的な光の階調に、芸術と音楽の神が住まうとされる聖地「パルナッソス山」という概念的な舞台を重ね合わせ、彼自身の精神的な風景として再構築しています。
✦ 時代背景
制作年の1932年は、ワイマール共和国が崩壊に向かい、ナチス党が躍進した緊迫の時代でした。翌年には前衛芸術への弾圧が本格化し、クレーも教授職を追われスイスへの亡命を余儀なくされます。ドイツにおける自由な芸術制作が解体される直前の、最末期に生み出された記念碑的な作品です。
画面の中央に、巨大な三角形の山がそびえています。
頂上の近くには、鮮やかなオレンジ色の円。
下の方には、黒い太い線でアーチ状の門が描かれています。
無数の四角い色の点が、画面全体をモザイクのように覆う。
内側から光を放っているかのようです。
この絵が描かれたのは、1932年のドイツ。
ナチス党が躍進し、社会に不穏な空気が漂っていた緊迫した時期です。
そのため、この絵は悲劇の作品だと語られがちです。
ナチスによる弾圧と解雇の絶望の中で、亡命の恐怖に怯えながら画家が急いで制作した悲劇の暗号なのだと。
ナチスに「退廃芸術」として押収され、海外へ流出したのだと。
でも実は、それは時系列を無視した俗説です。
この絵が描かれた時、彼は恐怖の中にいたわけではありません。
1932年。
パウル・クレーは前年、長年勤めた学校の教職を辞しています。
そしてデュッセルドルフの美術学校の教授になりました。
授業の負担は減りました。
広大なアトリエを手に入れました。
自由な制作に専念できる、素晴らしい環境でした。
病気を発症する前の、身体的にも健康な時期。
経済的にも精神的にも、非常に安定していました。
誰かからの注文ではありません。
彼自身の純粋な探求のためでした。
クレーはプロのヴァイオリン奏者でもありました。
彼が目指したのは、1920年代の終わりからずっと探求し続けてきた、音楽と絵画の完全なる融合という壮大なテーマでした。
複数の旋律が重なり合い、美しい和音を生み出す。
そんな音楽の構造を、絵の具の点で表現しようとしたのです。
彼はカンヴァスに白い下地を塗りました。
そこに、スタンプを使って黒い線と白い点を打ち出していく。
さらにその上から、油彩の絵の具を重ねます。
一つ一つの点に、多様な色を丹念に塗り重ねていきました。
この続き:約539文字

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