Fugue
寸法
80.5 × 80 cm
技法・素材
キャンバスに油彩
所蔵
ゲント美術館

Fugue

1925年

表現主義

19世紀末から20世紀半ばにかけてベルギーを代表する象徴主義・表現主義の画家として活躍し、新たな美学を追究した「第一次ラーテム派(シント=マールテンス=ラーテム…

✦ 見どころ(技法・色彩)

音楽の「フーガ(追走曲)」のように、異なる要素が重なり合う対位法を視覚化しています。キュビスムや表現主義の影響を受け、モチーフを幾何学的な色面へと解体し、フラットな平面上に再構築しました。土褐色や灰色を基調としつつ、赤や白の強烈な平面を対比させています。

✦ この絵の舞台

特定の地理的場所ではなく、農夫の存在を取り囲む「生活世界」そのものが描かれています。中央の男性の顔と犬の周囲に、彼の生に意味と秩序を与える「家」「教会」「動物」「自然」といった要素が、断片化されたモザイクのように散りばめられています。

✦ 時代背景

1925年当時のベルギー美術界は、第一次世界大戦の狂乱が収束し、秩序と安定、古典的構築性を求める「秩序への回帰」の風潮が漂っていました。画家自身も美術アカデミーの学長など公式ポストに就いていましたが、前衛サークルに参加し急進的な表現を探求し続けていました。

✦ 鑑賞のための問い

バラバラに配置された風景の中で、あなたが一番最初に目を奪われたのはどの断片ですか?

画面の中央から、こちらを見つめる男性の顔。

その周囲には、犬の頭部、教会の時計塔、家々の屋根。

そして木々が、まるでモザイクの断片のように散りばめられています。

1925年。

画家ギュスターヴ・ヴァン・ド・ヴースタイヌは、ベルギー画壇の頂点に立っていました。

メッヘレン王立美術アカデミーの学長に任命されたのです。

さらにアントワープ国立高等美術研究所の教授も兼任し、最高峰の公式ポストを手にしました。

第一次世界大戦の狂乱が収束した、1920年代半ば。

美術界には、秩序と安定を求める風潮が漂っていました。

地位を得た芸術家は、往々にして保守的な作風へと落ち着くものです。

しかし、ギュスターヴは違いました。

アカデミックな重鎮となりながらも、前衛サークル「Les 9」に参加。

急進的な表現への挑戦を、決して止めなかったのです。

実は、彼にはもうひとつの『フーガ』が存在します。

オランダのデン・ハーグ美術館にある、1919年制作の同名作品です。

それは、イギリスでの過酷な亡命生活から祖国へ帰還した直後の絵でした。

素朴な筆致で描かれた、瑞々しい家族の姿。

そこには、戦争を生き延びた安堵と希望が満ちていました。

名画と名曲の物語を、無料で読む

Google で続きを読む
または

登録すると利用規約プライバシーポリシーに同意したものとみなします

すでに登録済みの方はログイン

あなたのノート

この絵画から感じたことを、美術手帳に残しておきましょう。

ノートを書くには登録が必要です。

無料で登録する

内容に誤りがある場合は こちらからご報告ください

このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシー利用規約が適用されます。

音楽とアートが、
あなたを待っている。

芸術の物語を通じて自分だけの世界を広げていこう。
最新記事の更新をメールでお知らせします。

無料登録で読む