
- 寸法
- 395 × 300 cm
- 技法・素材
- キャンバスに油彩
- 所蔵
- グルーニング美術館
Last Supper(最後の晩餐)
1927年
✦ 見どころ(技法・色彩)
縦が横を大きく上回る約4メートルの巨大なキャンバスに描かれています。絵の具を極めて薄く染み込ませることで、古代フレスコ画のような乾いた重厚な質感を表現しています。使徒たちの首は引き伸ばされ、手は異常なほど大きく節くれだった労働者の手としてデフォルメされています。イエスやユダの赤い髪が印象的です。
✦ この絵の舞台
歴史的な装飾や窓が徹底的に排除された、牢獄のように狭く閉所恐怖症的な小部屋です。これは当時の近代カトリック復興を生きる労働者たちの地下集会所のような緊迫感と、ローマ権力の弾圧を避けて密会を重ねるイエスの使徒たちの切迫した現実を重ね合わせています。テーブルには労働者の丸パンとグラスワインが置かれています。
✦ 時代背景
1920年代のベルギーでは、キリスト教芸術の近代化を志向する「カトリック復興」が活発化していました。しかし、当時のカトリック教会には保守的で甘美な宗教美術が蔓延していました。画家はそうした形骸化した芸術を激しく嫌悪し、生々しい人間的苦痛に満ちた前衛的な表現で正面から反逆を試みました。
窓も装飾もない、牢獄のように狭い小部屋。
テーブルを囲む男たちは身を折り曲げ、不自然なほど密集しています。
「最後の晩餐」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
横長のテーブルに弟子たちが並ぶ、荘厳で美しい情景。
しかし、この絵に優雅さは微塵もありません。
男たちの首は引き伸ばされ、手は異常なほど大きく、節くれだっている。
テーブルの上にあるのは、豪華な食事ではありません。
労働者が食べるような丸パンと、たった一つのグラスワインだけ。
中央のイエスは痩せこけ、その髪と髭は赤く塗られています。
この絵が描かれた1920年代のベルギー。
キリスト教芸術の近代化を目指す動きがありました。
しかし、当時の教会に溢れていたのは、保守的で甘美な宗教美術ばかり。
ギュスターヴ・ヴァン・ド・ヴースタイヌは、それを激しく嫌悪していました。
当たり障りのない、形骸化した芸術。
でも…この異様な「最後の晩餐」は、彼なりの真摯な信仰の表明だったのです。
甘ったるい宗教美術への、強烈な反逆。
ギュスターヴは1905年、ルーヴェンの修道院に入会したことがあります。
しかし、修道生活は彼の気質に合わず、わずか4週間で挫折。
世俗へと逃げ帰ったこの経験は、彼の心に大きな傷跡を残しました。
それでも、彼の信仰心が失われることは生涯ありませんでした。
1927年
彼はパトロンであるダヴィドとアリス・ヴァン・ビュールン夫妻の援助を受けます。
教え子たちを連れて、フィレンツェへフレスコ画の研究旅行に赴きました。
そこで学んだ古代フレスコ画の乾いた質感を、彼はキャンバスに再現します。
絵の具を薄く染み込ませ、約4メートルにも及ぶ巨大な画面を作り上げました。
彼が描きたかったのは、神聖な偶像ではありません。
生々しい苦痛を抱えた、人間としてのキリストと使徒たちでした。
縦が横を大きく上回る、極端な垂直の構図。
男たちは体を無理やり折り曲げ、イエスの周囲に押し込められています。
ローマ権力の弾圧を避け、密会を重ねる使徒たちの切迫した現実。
「不敬だ」「冒涜的だ」
そのあまりにも生々しく前衛的な表現は、同時代の人々から激しい非難を浴びます。
この続き:約319文字

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