ギュスターフ・ヴァン・デ・ヴスタイン

ベルギー

ギュスターフ・ヴァン・デ・ヴスタイン

Gustave Van de Woestijne

1881 – 1947

19世紀末から20世紀半ばにかけてベルギーを代表する象徴主義・表現主義の画家として活躍し、新たな美学を追究した「第一次ラーテム派(シント=マールテンス=ラーテム・グループ)」の結成メンバーの一人。
初期はヘント王立美術アカデミーにて古典的な修練を積んだものの、深刻な病によって最終学年の修了を待たずに中退を余儀なくされました。

その後、近代化する都市の喧騒や工業化社会から離れ、静穏なレイエ川沿いの農村シント=マールテンス=ラーテムへ移り住み、自然や信仰に根ざした深い精神性と静寂を湛えた独自の芸術世界を切り拓いていきました。

地道に生きる農民の姿や、カトリックの信仰を題材とした宗教画、人間の内省や実存的孤独といった形而上的なテーマを好んで描きました。フランドル初期の古典画(ファン・エイクら)に学んだ微密な写実描写と、極端なデフォルメや引き伸ばしを特徴とする感情豊かな表現主義的スタイルを、一つの画面に融合させる極めて個性的な手法を確立しています。

とりわけブルッヘでの展覧会で深く傾倒した「フランドル・プリミティブ」の技術や、イタリア巡礼で感銘を受けた初期ルネサンスのフレスコ画(ジョットやフラ・アンジェリコなど)に感化されており、息を呑むほど静謐な『二つの春』や、人々の精神的受難を強烈に描き出した『盲人』『彼、耳を傾ける者』といった名作群で知られています。

また、肖像画や聖書画といった絵画制作だけに留まらず、生涯にわたって固い絆で結ばれていた詩人の実兄カレルとの共生から、中世獣叙事詩『狐のレイナルト』などの書籍挿絵を手がけ、さらにはユーモアと幻想に満ちた自伝的回想録『カレルと私』を執筆するなどの文学的才能も示しました。

第一次世界大戦の亡命を経て帰国したのちは、滞在先の「薔薇の家」にてアンリ・ルソーに触発された明るく瑞々しい家族肖像画(『庭の家族』)や、あえて遠近法を無視することで日常に超現実的な「不気味さ」を現出させた『白いコーヒーポット』に代表されるモダンな静物画の領域も開拓しました。

後年にはメヘレンのアカデミー校長として教鞭を執り、フランドルの土着性と西欧前衛の最先端を架橋した唯一無二のモダニストとして、ベルギー美術史に確固たる地位を築いています。

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