The Sick Child I 病める子 I
1896年

- 寸法
- イメージ:42.2 × 57.0 cm / シート:50.6 × 66.4 cm
- 技法・素材
- カラー・リトグラフ、紙
- 所蔵
- ミュンハ美術館、MoMA、シカゴ美術館、スコットランド国立美術館など
✦ 見どころ(技法・色彩)
以前の油彩画にあった叔母の全身像を大胆にトリミングし、純白の枕に沈む少女の横顔のみに焦点を収束させています。顔の右側にインクを乗せず白く残された紙の質感は、死を前にした乙女の頭部に輝く聖なる後光を暗示しています。
✦ この絵の舞台
舞台はオスロにあったムンク家の一角の病室。ベッドの上には、肺結核により15歳で亡くなったムンクの姉ヨハンネ・ソフィーが横たわっています。傍らには、悲しみのあまり深く頭を垂れ、彼女の右手を握る叔母カレン・ビョルスタッドが跪いています。
✦ 時代背景
19世紀末のヨーロッパ、特にスカンジナビア諸国では結核が蔓延し、深刻な社会問題となっていました。医療的な救済手段が皆無だった当時、結核による子供の臨終シーンは、多くの近代芸術家たちが好んで描いた普遍的な主題でした。
大きな枕に頭を預ける少女の横顔が、静かに浮かび上がっています。
その傍らには、深く頭を垂れる人物の姿が暗い影のように寄り添っています。
描かれているのは、画家のエドヴァルド・ムンクの姉、ヨハンネ・ソフィー。
1877年、彼女はわずか15歳の若さで肺結核によりこの世を去りました。
舞台は、オスロにあったムンク家の病室。
ベッドの横では、叔母のカレン・ビョルスタッドが暗いドレスをまとって跪いていました。
悲しみのあまり深く頭を垂れ、ソフィーの右手を握っていたのです。
この臨終の光景は、ムンクにとって終生消えることのない悲痛な記憶となります。
それから約20年後の1896年。
パリに滞在していたムンクは、この記憶を版画として再構築することに挑みました。
舞台は、パリで最も高い印刷技術を誇ったオーギュスト・クロの版画印刷所。
テスト印刷が行われた際、同行していたドイツ人画家のパウル・ヘルマンは、驚くべき光景を目撃します。
工房内に石版が並べられる中、ムンクは突如として両目を固く瞑りました。
そして人差し指を宙に突き出します。
まるで見えざるオーケストラを指揮するかのように、目を一度も開けることなく大声でクロに指示を出し始めたのです。
網膜が捉える客観的な現実をあえて遮断する。
自らの内なる記憶の直感だけで、印刷の工程を指揮しました。
- この作品は 悲哀の詩人 の「あなたのための6作品」に入っています → 見る
この続き:約224文字

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