
- 寸法
- 75.1 × 52.4 cm
- 技法・素材
- キャンバスに油彩
- 所蔵
- クラーク・アート・インスティテュート
A Street In Venice (c. 1880–82)
✦ 見どころ(技法・色彩)
全体は茶、墨、グレーなどのモノクロームに近い色調で支配されていますが、女性の頭部のコームなどに「戦略的な赤」が小さく配置され、画面に生命の熱量を吹き込んでいます。また、人物の一部が不意に画面からカットされる写真的な緊密なトリミングにより、映画的な瞬間移動の感覚が創出されています。
✦ この絵の舞台
剥げかけた古い漆喰の壁に挟まれた、極めて細い路地裏が舞台です。どん詰まりの遥か彼方には、強い太陽の光線が劇的に路面を照らし出しています。中央の女性は、ワインセラー(酒場)の敷居をまたごうとしています。典型的な観光スポットを排除した、実在の人々の日常の「影」の空間です。
✦ 時代背景
1880年から1882年にかけてのヴェネツィア滞在中に制作されました。当時ヴェネツィアで活動していたイタリア人画家ジョヴァンニ・ボルディーニの作品や、写真家カルロ・ナヤが撮影した路上スナップの影響が色濃く現れており、日常のダイナミズムを不意に捉えるトレンディなアプローチが取られています。
剥げかけた古い漆喰の壁に挟まれた、極めて細い路地裏。
黒いショールをまとった女性が、ワインセラーの敷居をまたぎながらこちらを鋭く睨みつけています。
ヴェネツィアの風景画と聞けば、誰もが華やかな情景を思い浮かべるでしょう。
美しい大運河。
壮麗な宮殿や、優雅に行き交うゴンドラ。
当時のパリの批評家たちも、そんな美化された観光都市の姿を期待していました。
また、美術市場でサージェントの『A Street in Venice』と言えば、ワシントン・ナショナル・ギャラリーにある横長の絵を思い浮かべる人も多いのです。
あちらは、足早に歩き去る女性と、彼女を無遠慮に見つめる男性を描いた傑作です。
でも実は、同じタイトルの絵が二つ並行して存在しているのです。
そしてサージェントがこの縦長のキャンバスに描いたのは、観光名所とは無縁の、実在の人々の日常の「影」でした。
1880年から1882年にかけて、若きサージェントはヴェネツィアに滞在しました。
彼は典型的な観光スポットを描くことをきっぱりと拒否します。
代わりに目を向けたのは、ひび割れた迷宮のような不気味な裏通りでした。
1883年。
サージェントはパリの高級画廊ジョルジュ・プティで開催された「国際画家彫刻家協会」の第1回展覧会に、一連のストリート作品を出品します。
しかし、待っていたのは辛辣な言葉でした。
ありふれていて退屈な絵だ。
裏通りは暗すぎる。
髪の乱れた薄汚い現地女たちは、かつての気品ある美女の面影を完全に破壊している。
保守的な批評家たちは、彼が描いたリアルなヴェネツィアの姿を激しく拒絶したのです。
彼らが求めていたのは、心地よい幻想としてのイタリアでした。
しかしサージェントは、そこに住まう実在の人々の日常の「影」と、その中に差し込む一筋の鋭い光線を、写実的なアプローチで描き出しました。
のちにこの絵は、1926年にロバート・スターリング・クラークの手に渡りました。
そして現在に至るまで、彼の名を冠した美術館で大切に保管されることになります。

出典・参考資料
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