Caricature of a Man with a Big Cigar
制作年
1855
寸法
縦 59.8 cm × 横 38.5 cm
技法・素材
黒および赤のチョーク、白・ピンク・ピーチ・黄土色・暗褐色のチョークとパステル、青い網目紙(経年によりブルーグレーに変色、二重の網目紙とクリーム色の紙で裏打ち)
所蔵
シカゴ美術館(アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ)

Caricature of a Man with a Big Cigar

1855年

肖像画

✦ 見どころ(技法・色彩)

青い網目紙の地色を中間トーンとして巧みに利用しています。顔の描写には黒い輪郭線を用いず、赤やピンク、黄土色のパステルを直接紙に滑らせることで、皮膚の血色や光の反射を立体的に表現しました。ズボンはチョークの側面を平らに押し当てて描かれており、のちの抽象表現への志向が垣間見えます。

✦ この絵の舞台

モネが少年期の大半を過ごしたノルマンディー地方の港町、ル・アーヴルが舞台です。描かれているのは、当時この街を行き交っていた商人や地元の名士など、誰もが一目で誰か分かる「街の有名人」でした。10代半ばのモネは、こうした人物の特徴を捉えて風刺画を描き、地元の文房具店の窓に飾られて評判を呼んでいました。

✦ 時代背景

1850年代のフランスでは、『シャリヴァリ』紙をはじめとする挿絵入りの風刺画メディアが全盛期を迎えていました。若きモネもこうしたジャーナリズムから多大な視覚的影響を受けており、単なる落書きから色彩を用いた本格的な絵画表現へと移行しつつある過渡期にありました。

✦ 鑑賞のための問い

この男性がくわえている巨大な葉巻から、どんな香りが漂ってくると思いますか?

大きな頭の男性が、不釣り合いなほど小さな椅子に腰掛けています。
口元には、巨大な葉巻。
足を組み、どこか遠くを見つめるような横顔が描かれています。

クロード・モネといえば、睡蓮や風景画の巨匠として知られています。
自然の光と空気をキャンバスに定着させた、印象派を代表する画家。
そう語られるのが一般的です。

でも実は、彼の視覚的探求の出発点は、風景画ではありませんでした。
鋭い人間観察に基づく、風刺画だったのです。

1855年。
フランスのノルマンディー地方にある港町、ル・アーヴル。
当時15歳前後だった彼は、「オスカー・モネ」と呼ばれていました。
学業を怠け、授業中に教師や級友の風刺画を教科書の余白に描く問題児。
しかし、その卓越したデッサン力は地元の大人たちを驚かせます。

いつしか彼は、1点あたり10フランから20フランで注文を受けるようになりました。
街を行き交う商人や名士たちの特徴を、一瞬でデフォルメして紙に描き出す。
彼は地元で広く知られた存在へと成長していきました。

彼の描いた風刺画は、街で唯一の近代的な額縁・文房具店に飾られました。
店の名前は「グラヴィエ=コカン」。
そのガラス窓に額装されて並ぶ作品は、地元の人々の間で大変な評判を呼びます。
若きモネの名声は、街中に響き渡っていました。

ある日、その窓の前に一人の男が立ち止まります。
自らの海景画を同じ店に展示していた風景画家、ウジェーヌ・ブーダンでした。
彼はモネの抜群のデッサン力に目を留め、店主を介して彼を呼び出します。

「君のカリカチュアは非常に面白いし、驚くべき才能だ」
ブーダンはそう告げました。
「しかし、これだけで終わってはいけない」
自然のもとへ赴き、輝く海と空を描くことを学びなさい、と熱心に勧めたのです。

モネは戸惑いました。
当時、彼はブーダンの地味な風景画を内心「不快」だとすら感じていたからです。
風景画など描きたくない。
彼はブーダンの誘いを拒絶していました。

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クロード・モネ

フランス

クロード・モネClaude Monet

1840 – 1926

「印象派の父」とも称される、フランスを代表する画家。 自然の風景や水面に反射する光、天候によって絶えず移り変わる情景を、鋭敏な感覚でキャンバスに捉えた作風で広く…

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