The Potato Eaters ジャガイモを食べる人々
1885年

- 寸法
- 82.0 × 114.0 cm
- 技法・素材
- 油彩・カンヴァス
- 所蔵
- ファン・ゴッホ美術館(オランダ・アムステルダム)
きれいな絵を求める美術界への強烈な反逆。 自らの手で土を耕し誠実に生きる農民への深い敬意と、一人前の画家としての誇りを刻みつけた、魂の叫び。
✦ 見どころ(技法・色彩)
絵の具を極めて厚く盛り上げるインパスト技法が全面的に用いられています。下層の絵の具が乾く前に次の色を重ねる手法を多用しつつ、乾いた筆や布で輪郭を拭き取ることで、人物を背景と同化させています。色彩は単なる黒や茶色ではなく、暗い青や緑、黄土色を複雑に混ぜ合わせることで、泥のついたジャガイモのような「粉っぽい土色」が練り上げられています。
✦ この絵の舞台
舞台はオランダ・北ブラバント州ヌエネン近郊の村ヘルウェン。実在した小作農、デ・グロート家の住居スペース兼食堂です。低床の茅葺き屋根と泥土の床を持つ典型的な農家でした。時刻は午後7時。早朝から日没まで湿地で過酷な農作業に従事した家族が、一日の終わりに集い、自家栽培のジャガイモと薄い穀物コーヒーで素朴な夕食をとる情景が描かれています。
✦ 時代背景
19世紀後半のヨーロッパは産業革命と都市化が加速する一方、伝統的な農村部では小作農の過酷な貧困が深刻な社会問題となっていました。北ブラバント州の農民層は自らの土地を持たず、安価でカロリーの高いジャガイモが命綱でした。また、19世紀中頃から農村部にも石油ランプが普及し始め、室内に強い明暗のコントラストをもたらすようになっていました。
薄暗い部屋の中、ランプの光に照らされた食卓。
農民たちが集まり、湯気を立てるジャガイモに手を伸ばしています。
極端に歪んだ顔。
ゴツゴツとした不自然な手。
その粗削りな筆致から、こう思われるかもしれません。
現場の食卓の横で、思いつきのまま一気に描き上げたのだろう、と。
あるいは、正しく描く技術が足りなかったのだ、と。
でも実は、違います。
この絵は、一冬かけて100点以上の習作を重ねた結晶なのです。
綿密な計画のもとに生み出された、彼にとって最初の大作でした。
1885年。
オランダのヌエネンに滞在していたフィンセント・ファン・ゴッホ。
当時32歳の彼は、独学で画家を志して5年が経っていました。
自ら収入を得る手段はありません。
パリで画商として働く弟テオからの送金に、全面的に頼る日々。
画材を買うため、自身の食事すら切り詰めていました。
不摂生と貧しい食生活で、歯は崩壊し体調も崩していました。
3月には父テオドルスが急死します。
家族との確執や喪失感。
孤独を深める中、彼は自らの真価を証明しようと決意しました。
パリの美術市場で通用する、本格的な人物群像画を描くこと。
舞台は近郊の村ヘルウェン。
実在した小作農、デ・グロート家の住居です。
彼らは早朝から日没まで、湿地で過酷な農作業に従事していました。
主食は自家栽培のジャガイモと、薄い穀物コーヒーのみ。
ゴッホは連日この貧しい小屋に通い詰めました。
画面右奥に座る若い女性、ゴルディーナ・デ・グロート。
彼女の頭部だけでも、40点以上を描き残しています。
農民たちの顔や手を、来る日も来る日も観察し続けたのです。
そして4月下旬。
アトリエにこもり、記憶と構想を交えて本画を描き上げます。
一人前の人物画家になった証。
絶対の自信作でした。
彼は評価を求め、作品をパリのテオのもとへ送ります。
親友の画家、アントン・ファン・ラッパルトにも版画を送りました。
- この作品は 悲哀の詩人 の「あなたのための6作品」に入っています → 見る
この続き:約542文字

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