Skrik 叫び
1893年

- 寸法
- 91.0 × 73.5 cm
- 技法・素材
- 地塗りなしの段ボールにテンペラおよびオイルパステル
- 所蔵
- ノルウェー国立美術館(オスロ)
保守的な画壇からの狂気というレッテルに対する、自嘲と抗議の表明。愛する家族を奪った病魔への恐怖と、自然界に響く存在論的な絶望を刻みつけた、普遍的な人間の姿。
✦ 見どころ(技法・色彩)
地塗りを施していない安価な段ボールに、テンペラとオイルパステルで描かれています。定規で引いたような橋の鋭い直線と、人物や自然を構成する渦巻状の曲線の衝突が、強い緊張感を生んでいます。空の赤とフィヨルドの青黒い色の強烈な補色関係が、心理的なショックを直接的に伝達しています。
✦ この絵の舞台
舞台はクリスチャニア(現在のオスロ)東部の景勝地、エーケベルグの丘の小道です。画面左側の直線は、崖沿いの散策路の手すりを正確に描いています。手すりの向こうにはフィヨルドと市街地が一望できますが、当時の丘の麓には公営屠殺場があり、近隣にはムンクの妹が収容された精神病院がありました。
✦ 時代背景
1890年代は、外面的な自然を再現する印象派から、画家の内面や心理を表現する象徴主義、表現主義へと移行する過渡期でした。また、1883年のクラカタウ火山の大噴火により、その後数年間にわたってヨーロッパ全域で血のように赤い火山性黄昏が観測されており、その記憶が投影されています。
血のように赤い空の下、橋の上に立つひとりの人物。
両手で顔を挟み、目と口を大きく見開いています。
世界で最も有名な絵画のひとつ。
誰もが一度は目にしたことがあるでしょう。
極度の恐怖から、自ら悲鳴を上げている姿。
あるいは、画家の狂気が生み出した幻覚。
一般的には、そのように語られがちです。
でも実は、この人物は叫んでいません。
そしてこれは、狂気の産物などではありませんでした。
1890年代前半。
ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクは、絶望の中にいました。
幼い頃に母と姉ソフィエを結核で亡くします。
1889年には、精神的支柱だった父クリスチャンも急性肺炎で失いました。
残された妹ラウラ・カトリーネ。
彼女もまた精神疾患を患い、ガウスタ精神病院に収容されてしまいます。
画家自身も慢性的な呼吸器疾患を抱えていました。
遺伝的な狂気への恐怖。
死の影が、常に彼につきまとっていたのです。
1892年1月、フランスのニース。
ムンクは日記に、ある体験を書き留めました。
夕暮れ時、友人と道を歩いていたときのこと。
突然、空が血のように赤く染まりました。
その瞬間。
自然全体を貫く、無限の叫びを感じ取ったのです。
彼はその体験を視覚化しようと試みます。
舞台は、クリスチャニアのエーケベルグの丘。
直線的な橋の向こうへ、無関心に歩み去る二人の友人。
そして手前には、性別も年齢もわからない普遍的な人間像を置きました。
人物は、自ら叫んでいるのではありません。
自然界に満ちる宇宙的な絶叫。
その不協和音を遮断するために、必死に耳を塞いでいるのです。
この続き:約559文字

この物語の結末を含む、すべての記事が読み放題
- 52本
ストーリー記事週1〜2本更新
週末の夜、一杯のコーヒーと楽しむ『絵画×名曲の物語』アーカイブ
- 367点
解説つき絵画毎日ふえています
『見るだけ』から『読み解く』へ。巨匠たちの筆跡と狂気に触れる名画アーカイブ
- 45曲
名曲ライブラリー毎日ふえています
知ってから聴くと、耳に届く音が変わる。BGMを一生モノのアートに変える名曲解説
マイノート機能無制限
読むたびに、あなただけの感性が蓄積されていく『デジタル美術手帳』
既にアカウントをお持ちの方は ログイン
おすすめの絵画
出典・参考資料
ほかの画家
内容に誤りがある場合は こちらからご報告ください
このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシーと利用規約が適用されます。









![Untitled [Rescue boat]](https://musicstory-assets-682855971161-ap-northeast-1-an.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/artworks/paintings/untitled-rescue-boat.jpg)









