Young Woman with a Straw Hat 麦わら帽子の若い女
1884年

- 寸法
- 55.5 × 46.7 cm
- 技法・素材
- カンヴァスに油彩
- 所蔵
- ワシントン・ナショナル・ギャラリー
商業的な肖像画の規範への静かな反逆。最も信頼する姉を被写体に、光と色彩の抽象的な震えだけをカンヴァスに定着させた、前衛的な実験の痕跡。
✦ 見どころ(技法・色彩)
地塗りを施していない「生カンヴァス」をあえて露出させ、画面に呼吸するような空間を与えています。筆をカンヴァスに軽くかすめるように走らせる「エフルレール」と呼ばれる素早いストロークにより、女性の横顔と背景の草木が境界線を持たず、大気の中で溶け合うような極めて前衛的な表現を生み出しています。
✦ この絵の舞台
1884年夏、フランスのヴェクサン地方に位置する静かな集落モールクール。モリゾの姉エドマが嫁いだポンティヨン家の私有庭園が舞台です。明るい陽光が降り注ぐ夏の庭は、公共空間への外出が制限されていたモリゾにとって、直射日光の効果を研究するための貴重な「屋外アトリエ」として機能していました。
✦ 時代背景
1884年は印象派運動の過渡期であり、新印象主義の点描表現などが芽生え始めた時期です。当時のフランスでは、中流階級以上の女性が単独で公共空間に出入りすることは厳しく制限されていました。そのためモリゾは、家庭内の親密な庭園や客間といった私的空間を主要なモチーフに選ばざるを得ませんでした。
広いつばの麦わら帽子をかぶった、若い女性の横顔。
淡いブルーの斑点があるドレスを着て、静かに視線を落としています。
明るい陽光が降り注ぐ、夏の庭。
彼女は太陽の光を浴びながら、野生の花を摘んでいる。
そんな、名もなき女性の穏やかな日常のひとコマ。
ネット上の解説などでは、しばしばそのように語られてきました。
でも実は、違います。
彼女は花など摘んでいません。
そして、無名の女性でもありません。
描かれているのは、エドマ・モリゾ・ポンティヨン。
画家ベルト・モリゾの実の姉です。
1884年の夏。
フランスの静かな集落、モールクール。
エドマが嫁いだポンティヨン家の庭園に、モリゾは滞在していました。
当時のモリゾは、パリのヴィルジュスト通りで夫と娘と暮らしていました。
経済的には安定した、ブルジョワ階級の生活。
しかし彼女には、独立したアトリエがありませんでした。
自宅の客間で絵を描き、来客があれば画材を片付ける日々。
さらに、男性画家のようにカフェや大通りを自由に出歩くことはできず、当時の女性の行動範囲は厳しく制限されていました。
だからモリゾは、この私的な庭を「屋外アトリエ」にしたのです。
姉のエドマは、モリゾにとって特別な存在でした。
かつては共にルーヴル美術館で模写をし、絵を学んだ仲。
モリゾが最も深く愛し、最も信頼する芸術的共謀者でした。
誰かから依頼された絵ではありません。
モリゾはただ、直射日光が人物や衣服に与える効果を研究したかった。
そのための完璧な被写体が、姉だったのです。
この夏、モリゾは姉をモデルにいくつもの絵を描きました。
本作は、芝生に座る姉の横顔をより近くで捉えた一枚です。
商業的な肖像画に求められる、身元の誇示や精緻な写実描写。
モリゾはそれらを意図的に拒絶しました。
だからあえて、個人の名前ではなく『麦わら帽子の若い女』というタイトルを与えたのです。
画面の右下を見てください。
珊瑚色の細かなタッチが点在しています。
これが「花を摘んでいる」という誤解を生みました。
しかし、女性の手元に花はありません。
花を摘む動作も描かれていない。
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出典・参考資料
- Young Woman with a Straw Hat by Berthe Morisot - National Gallery of Art
- Berthe Morisot (1841-1895) , Jeune femme assise dans l'herbe | Christie's
- Recreating the Colour Palette of Berthe Morisot - Jackson's Art Blog
- Nearly forgotten French impressionist regains her moment in Philadelphia exhibit - WHYY
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