
はじめてアルノルト・ベックリンの《死の島》を見たとき、多くの人が奇妙な感覚に陥ります。
波ひとつない暗い水面。
そびえ立つ切り立った岩の島。
その中央に鬱蒼と茂る、黒々とした糸杉の木立。
そこへ向かう一艘の小舟には、白い布に包まれた棺と、白装束の人物が静かに立っています。
決して「美しい風景画」ではありません。
むしろ、不気味で、圧倒的なまでの「死の匂い」が画面を支配しています。
それなのに、なぜか目を逸らせなくなる。
この引力は、どこから来るのでしょうか?
今日はその正体を探っていきます。
絶対的な「静寂」の正体
まず、この絵が放つ「静けさ」を具体的に分解してみましょう。
画面の中で動いているのは、小舟を漕ぐ船頭だけです。

しかし、その櫂(かい)が水をかく音さえ、この空間には吸い込まれてしまいそうです。

中央の糸杉は、古くから地中海世界で「死」や「墓地」の象徴とされてきた木です。
岩肌には、墓室と思われる暗い穴がいくつも穿たれています。

スイスの象徴主義画家ベックリンは、この絵の明確な意味を語りませんでした。
ただ一言、こう残しています。
「ドアをノックする音が聞こえたら驚いてしまうほどの静寂を生み出す、夢の絵でなければならない」
この絶対的な静けさは、ある個人的な喪失から生まれました。
1880年、この絵の制作に取り掛かっていたベックリンのもとを、若き未亡人マリー・ベルナが訪れます。

ジフテリアで亡くした夫を悼むための「夢の絵」を求めた彼女の依頼により、ベックリンはこの風景に「白い棺」と「白装束の人物」を描き加えました。
しかし同時に、ベックリン自身も死の影と無縁ではありませんでした。
彼は生涯で14人の子供をもうけましたが、そのうち8人を亡くしています。
この絵の着想源の一部となったフィレンツェのイギリス人墓地には、彼の幼い娘も眠っていました。
ヨーロッパを飲み込んだ「死の熱狂」

この極めて個人的で、不気味な「死の風景」は、19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパを熱狂の渦に巻き込みます。
爆発的な人気を博した複製画は、「ベルリンのどの家庭の壁にも飾られていた」(作家ウラジーミル・ナボコフの証言)と言われるほど大流行しました。
精神分析学者のフロイトは診察室にこの絵を飾り、ロシア革命の指導者レーニンはベッドの上に掲げ、ヒトラーに至ってはオリジナル(第3バージョン)を買い求めて総統官邸に飾りました。
なぜ、人々は「死」を描いた絵を、こぞって自分の部屋に飾ったのでしょうか?







