The Courtyard of a House in Delft デルフトの家の中庭
1658年

- 寸法
- 73.5 × 60.0 cm
- 技法・素材
- 油彩・カンヴァス
- 所蔵
- ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ありふれた日常の家事労働に見出した、謙遜と忍耐という神聖な美徳。完璧な遠近法と光の計算によってアトリエで構築し、キャンバスの上に永遠に閉じ込めた理想の家庭空間。
✦ 見どころ(技法・色彩)
画面の消失点に画鋲を刺して糸を張る「ピンホール技法」を用いた、完璧な一点透視図法で描かれています。手前の明るい庭、暗い通路、奥の明るい通りという光と影の層を重ねることで、深い奥行きを生み出しました。右下のツタは元々緑色でしたが、黄色の絵の具が退色して青色だけが残っています。
✦ この絵の舞台
17世紀半ばのオランダ・デルフト。醸造業と陶器の流行で繁栄した街の、静かな午後の情景です。描かれた中庭は実在する場所の写生ではなく、近所にあった修道院の石碑などの実在する建築要素と、画家の想像力を組み合わせてアトリエで構築された合成景観です。
✦ 時代背景
当時のオランダ市民社会では、カルヴァン主義の道徳観に基づき、家庭が個人の道徳的成長を支える神聖な場所とされていました。女性の主婦としての美徳や、清掃を通じた衛生観念が理想とされ、この絵もそうした当時の市民の理想的な家庭観を体現しています。
柔らかな午後の光が差し込む、レンガ造りの中庭。
若い召使いが、黄色いドレスを着た幼い少女の手を優しく握っています。
使い込まれたほうきやバケツが置かれた、ありふれた日常の風景。
長年この絵は、画家の妻ヤネチェと実の娘を描いたものだと言われてきました。
17世紀のデルフトにあった現実の庭を、そのまま切り取ったスナップショットである、と。
でも実は、これは現実の風景ではありません。
描かれた人物も、画家の家族ではないのです。
1658年、デルフト。
ピーテル・デ・ホーホは、この街のアウデ・デルフト161番地に暮らしていました。
当時のデルフトは、醸造業と陶器の流行で静かな繁栄の中にありました。
運河沿いには、清廉な町家が立ち並んでいます。
彼は近所を歩き回り、建築の細部を日常的にスケッチしていました。
すぐ近くの157番地の裏庭には、古い石碑が埋め込まれていました。
かつてそこにあった、ヒエロニムスダール修道院の入り口に掲げられていたものです。
デ・ホーホは、その実在する石碑のスケッチをアトリエに持ち帰ります。
そして、頭の中で理想の空間をゼロから組み立て始めました。
キャンバス上の消失点に画鋲を刺す。
そこから糸を張り、チョークで直線を引いていく。
完璧な一点透視図法。
手前の明るい前庭。
暗いアーチの通路。
そして、奥に見える陽の当たる通り。
光と影の層を交互に配置することで、平らなキャンバスに圧倒的な奥行きを作り出しました。
彼が描きたかったのは、単なる風景の記録ではありません。
アーチの上の石碑には、1614年の日付とともにこう刻まれています。
「ここは聖ヒエロニムスの谷である。忍耐と謙遜を得ようと望むならば、ここへ参れ」
「我らは高められようと望むならば、まず低く下らねばならないからだ」
この続き:約384文字

この物語の結末を含む、すべての記事が読み放題
- 52本
ストーリー記事週1〜2本更新
週末の夜、一杯のコーヒーと楽しむ『絵画×名曲の物語』アーカイブ
- 362点
解説つき絵画毎日ふえています
『見るだけ』から『読み解く』へ。巨匠たちの筆跡と狂気に触れる名画アーカイブ
- 45曲
名曲ライブラリー毎日ふえています
知ってから聴くと、耳に届く音が変わる。BGMを一生モノのアートに変える名曲解説
マイノート機能無制限
読むたびに、あなただけの感性が蓄積されていく『デジタル美術手帳』
既にアカウントをお持ちの方は ログイン
おすすめの絵画
出典・参考資料
ほかの画家
内容に誤りがある場合は こちらからご報告ください
このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシーと利用規約が適用されます。





.webp)













