
- 制作年
- 1915
- 寸法
- 版画ブロック:37.6 × 46.7 cm / シート:47.3 × 65.5 cm(個体差あり)
- 技法・素材
- 多色木版画
- 所蔵
- ワシントン・ナショナル・ギャラリー、ニューヨーク近代美術館、シカゴ美術館、ムンク美術館
Melancholy III
1915年
✦ 見どころ(技法・色彩)
ムンク独自の「パズルカット技法」が使われています。色彩版を糸鋸で3つのピース(空と家、海、男と岩場)に切り分け、それぞれに異なるインクを塗ってからパズルのように組み立てて一度に刷り上げました。これにより、色が混ざることなく明確な質感を持って紙に転写されています。
✦ この絵の舞台
舞台はノルウェーのオスロ・フィヨルド沿いにある小さな村、オーサゴールストランドの海岸線。ムンクが1890年代から夏を過ごし、深く愛着を寄せた場所です。滑らかな海岸線のうねりと鋭い直線を描く桟橋が、前景の男性の孤立感を引き立てる舞台装置となっています。
✦ 時代背景
19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパでは急速な都市化が進む一方で、人間の内面的な葛藤や不安を描き出す表現主義が台頭していました。ムンクもまた、写実主義から脱却し、自らのトラウマや嫉妬、孤独といった感情を直接的に定着させる「魂の絵画」を追求していました。
うつむき、頭を手で支えて座り込む男性。
遠くの桟橋には、ボートへ向かう男女とオールを担ぐ人物の姿が見えます。
舞台はノルウェーの小さな村、オーサゴールストランドの海岸。
1891年の夏、ムンクの親友であるデンマークの批評家ヤッペ・ニルセンは、深い絶望の中にいました。
彼は、画家クリスチャン・クローグの妻であるオダ・ラーソンに激しい恋心を抱き、精神をすり減らしていたのです。
ムンクは、そんな友人の姿に、かつての自分を重ね合わせました。
彼自身も、ミリー・タウロウという女性との初恋で、癒えることのない嫉妬と喪失感を味わっていたからです。
友人の悲恋。
それはムンクにとって、自らの心の傷を再びえぐられるような出来事でした。
この痛切なテーマは、油彩画などを経て、木版画へと展開されていきます。
しかし、思わぬトラブルが起きました。
1901年、ベルリンでの成功を目指したムンクは、作品を入れた木箱をベルリンへ送ろうとします。
ところが手違いにより、木箱はオーサゴールストランドの別荘へと送り返されてしまったのです。
手元に版木がない。
ベルリンで版画の再制作に迫られたムンクは、1902年、新しく版木を彫り直すことを決意します。
そうして生まれたのが、この『メランコリー III』でした。

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