Ground Swell
1939年

- 寸法
- 91.92 × 127.16 cm
- 技法・素材
- 油彩/キャンバス
- 所蔵
- ワシントン・ナショナル・ギャラリー
✦ 見どころ(技法・色彩)
空や遠景が薄く塗られているのに対し、波面には厚く塗られた絵具に筆を引きずらせて「大うねり」の質感が表現されています。白い帆はパレットナイフで濃密に塗られ、船の索具は鉛筆で繊細に描き加えられました。鮮やかな青い空と海に対し、暗い青緑色の鐘浮標が対置されています。
✦ この絵の舞台
マサチューセッツ州ケープコッドのサウス・トゥルーロ沖合の海域です。ホッパー夫妻は1934年にこの地に自宅兼スタジオを建設し、一年の約半分を過ごしました。ホッパーの海への関心は、造船港町であったニューヨーク州ナイアックで過ごした少年時代にさかのぼります。
✦ 時代背景
1939年8月から9月にかけて制作されました。8月23日の独ソ不可侵条約締結、9月1日のナチス・ドイツによるポーランド侵攻と、第二次世界大戦勃発の時期と完全に重なっています。また、前年秋にニューイングランドを襲った大ハリケーンの記憶も生々しい時期でした。
抜けるような青空の下、白い帆を張ったボートが波をかき分けて進んでいます。
乗っているのは、水着姿の若者たちです。
陽光に満ちた、快楽的な夏のセーリング風景。
妻のジョー・ホッパーも、制作中の夫について手紙にこう記しました。
「エドはスタジオで素晴らしい大きなキャンバスに取り組んでいます」
「帆船、上半身裸で褐色に日焼けした少年たち、たくさんの海と空」
「誰もが彼に帆船を描いてほしいと望んでいました」
周囲が期待した通りの、美しく爽やかな海の絵。
一見すると、そのように思えます。
でも実は、この絵が描かれた時期の現実は、爽やかさとは無縁でした。
ホッパーがこの絵に着手したのは、1939年の8月。
マサチューセッツ州ケープコッドの、サウス・トゥルーロにあるスタジオでのことです。
ホッパーの海への関心は、少年時代にさかのぼります。
ハドソン川沿いの繁栄した造船港町、ニューヨーク州ナイアック。
幼い頃から船のスケッチを繰り返してきた彼は、海を愛していました。
この絵のキャットボートも、実地観察と記憶を巧みに合成して描かれています。
キャンバスには、鉛筆で正確な格子状の方眼が引かれました。
複数のスケッチから切り抜きを吟味し、慎重に画面を構築していく。
しかし、1939年の夏は、ただ海を描いていられる状況ではありませんでした。
まさにその8月、ヨーロッパでは独ソ不可侵条約が結ばれました。
そして9月1日には、ナチス・ドイツがポーランドへ侵攻。
世界が未曾有の戦乱へと突入していく、その真っ只中だったのです。
ホッパー自身も、8月28日付けの手紙で不安を吐露しています。
「ヨーロッパでの戦争が審査員にどう影響するか」
さらに前年の秋には、ニューイングランド地方を大ハリケーンが襲いました。
自然災害の生々しい記憶。
そして、ラジオから流れてくる開戦の報。
ホッパーは、厚く塗った絵具に筆を引きずらせ、不穏な「大うねり」を造形しました。
そうして9月15日、この絵は完成の日を迎えます。
この続き:約365文字

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出典・参考資料
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