3つの演奏会用練習曲 第3曲 変ニ長調 S.144/3「ため息」

Un sospiroS. 144/31848年作曲
3つの演奏会用練習曲 第3曲 変ニ長調 S.144/3「ため息」
フランツ・リスト
フランツ・リスト

1811–1886 (ハンガリー)

19世紀のロマン派を代表するハンガリー出身の作曲家であり、音楽史にその名を刻む史上最高のピアニスト。

この曲を一言で表すと

リストが3本の手の錯覚に託した、波打つ音響と詩的な旋律の物語。

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3つの演奏会用練習曲 第3曲 変ニ長調 S.144/3「ため息」

曲解説・楽曲分析

どんな場面を描いた曲か ― なぜこのタイトルなのか

ピアノの鍵盤全体を波のように行き交うアルペジオ(分散和音)。その音の波の隙間から、まるで誰かが静かに歌い出すかのように、一つの旋律が浮かび上がってきます。流れるような音の連なりは、時に優しく、時に激しくうねりながら、聴く者を夢幻的な世界へと誘います。この美しい旋律は、誰のどんな感情を表しているのでしょうか?

フランツ・リストが作曲した『3つの演奏会用練習曲』の第3曲、通称「ため息」は、1845年から1848年にかけて生み出されました。この時期は、リストがヨーロッパ中を熱狂させた技巧派ピアニストとしての輝かしい時代に区切りをつけ、ヴァイマルでの宮廷楽長職や作曲活動に専念し始める過渡期にあたります。特定のパトロンからの依頼ではなく、リスト自身の自発的な創作として書かれ、彼の資産管理を献身的に支えた叔父のエドゥアルト・リストに献呈されました。当時のリストの私生活における経済的・精神的安定への感謝の念が込められていたのかもしれません。

この曲は、映画などで悲恋や特定の愛人への感情を直接描写したものと言われがちですが、実際は少し異なります。リスト自身は、自分の作品に安易な私小説的・文学的なプログラムを結びつけることに極めて否定的でした。公式伝記作家からのインタビューに対しても、過度な伝記的解釈を戒め、音楽的・美学的な分析に集中するよう求めています。

さらに驚くべきことに、「ため息」というタイトルすらリスト自身が付けたものではありません。リストが自筆譜や公式なカタログに記したのは、単に「変ニ長調」という調性による分類だけでした。しかし、1849年末にパリの出版社から楽譜が出版される際、出版社の商業的な意向によって『3つの詩的カプリース』という曲集名が与えられ、第3曲に「ため息」というイタリア語の副題が追加されたのです。リスト自身はこの愛称を積極的に使うことはありませんでしたが、強く拒絶することもしなかったため、弟子たちを通じて自然に広まり、今日まで定着することになりました。出版にあたっては、当時の楽譜の著作権保護と海賊版対策という現実的な戦略から、フランスとドイツでの完全な同時並行出版が画策されるなど、リストの周到な一面も垣間見えます。

物語 ― この曲で何が起きているのか

この楽曲は、単一の楽章の中で、主要な主題が繰り返されるたびに形を変えていく「自由な変奏曲を内包した三部形式」として構成されています。同曲集の第1曲『哀しみ』が自由な即興的展開を見せ、第2曲『軽やかさ』が半音階的な技巧で魅せるのに対し、この第3曲は構造的かつ色彩的な対比関係を成しています。

曲の始まりは、旋律を持たない波打つようなアルペジオから幕を開けます。音響の空間が構築された後、変ニ長調の主主題が提示されます。この旋律は、五音音階(ペンタトニック・スケール)に基づいており、どこか東洋的で夢幻的な雰囲気を漂わせています。

中間部である展開部に入ると、音楽の表情は一変します。楽譜には「少しせき込んで(Poco agitato)」という指示があり、アルペジオの動きは緊迫感を増していきます。それまで優しく歌われていた旋律は、重厚なオクターブ(同じ音名の低い音と高い音を同時に鳴らすこと)によるドラマティックな咆哮へと姿を変え、音量は極めて小さな音から強烈な音へと劇的に伸縮します。

その後、フェルマータ(音を長く伸ばす記号)を伴うカデンツァ(独奏者が自由に技巧を披露する見せ場)を経て、再び最初の主題が戻ってきます。しかし、今度は単なる繰り返しではありません。旋律はオクターブで補強され、伴奏のアルペジオは鍵盤の端から端まで広範囲に跳躍し、曲全体の中で最も輝かしい音響のクライマックスを築き上げます。最後は、静寂が戻り、穏やかな和音とともに曲を閉じます。

この曲で用いられた「変ニ長調の五音音階の旋律と重厚なアルペジオ伴奏」という組み合わせは、後の時代の作曲家たちに多大な影響を与えました。モーリス・ラヴェルの『夜のガスパール』の第1曲「オンディーヌ」や、クロード・ドビュッシーの初期から中期のピアノ曲に直接的なインスピレーションを与え、19世紀のロマン派の技法から20世紀の印象主義の響きへとつながる重要な架け橋となったのです。また、リスト自身が後に発表した『森のささやき』は、この曲のテクスチュアをより自然描写へと特化させた姉妹作とも言えます。

楽曲分析 ― 3本の手が織りなす音響空間と和声の魔法

この曲がピアノ音楽の歴史において極めて重要な位置を占めている理由は、その革新的な技術と和声の扱いにあります。ここでは、特に注目すべき3つの観点から楽曲の奥深さを紐解いていきましょう。

一つ目は、モチーフ操作における「3本の手」の錯覚です。この曲の楽譜は、通常の2段ではなく、3段の五線譜を使って書かれています。中央の譜表に主旋律が置かれ、上下の譜表に伴奏のアルペジオが割り振られています。ピアニストは、左右の手で広い範囲のアルペジオを弾きながら、両手の親指を交互に交差させて、中央の旋律を紡ぎ出していきます。この身体的な運動によって、まるで3本の手で弾いているかのような豊かな音の重なりが生まれます。ジギスモント・タールベルクというピアニストが発展させたこの技法を、リストは単なる見世物としての技巧から、極めて高度な芸術表現へと昇華させました。

二つ目は、和声の機能における革新性です。

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この続き:約2,293文字

  • ・「ため息」という題名の本当の出どころ
  • ・悲恋の曲と言われがちなこの曲の実像
  • ・3本の手で弾いているように聴こえる理由
  • ・晩年のリストが試みた無調的な終わり方
  • ・弟子ごとに書き分けられたカデンツァ

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