Jerusalem Artichoke Flowers キクイモの花
1880年

- 寸法
- 99.6 × 73.0 cm
- 技法・素材
- 油彩、キャンバス
- 所蔵
- ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.)
✦ 見どころ(技法・色彩)
カナリアイエローの花弁とパンプキンオレンジの中心部が、エメラルドグリーンとパイングリーンの葉に縁取られ、磁器のアイボリーホワイトと強烈な色彩的対比を生み出している。背景にはサーモンピンクや淡いターコイズの絵の具が厚く塗られ、太い垂直方向の筆跡でカンヴァスを埋め尽くしている。
✦ この絵の舞台
ヴェトゥイユの自宅庭で栽培されていたか、あるいはその周辺の野生の草地から摘み取られたキクイモの花。細身の円筒形アイボリーホワイトの磁器花瓶に挿し、セージグリーンとプラムパープルのポンポン状の縁飾りが施された円形のクロスを敷いたテーブルの上に配置されている。
✦ 時代背景
1880年代初頭のフランス。キクイモは北米原産で、17世紀にヨーロッパに導入され、塊茎を食用とするため農村地帯では一般的な実用植物であった。また、印象派の画家たちを支えた初期のパトロンや、第一次世界大戦で命を落とした若きコレクターなど、激動の時代背景が存在する。
アイボリーホワイトの磁器の花瓶から溢れんばかりに咲き誇る、黄色い花々。
セージグリーンとプラムパープルの縁飾りがついたクロスの上に置かれ、背景にはサーモンピンクや淡いターコイズの絵の具が厚く塗り重ねられています。
この絵は、1942年から1985年に至るまで、ワシントンのナショナル・ギャラリーなどで『菊の花瓶』というタイトルで展示されてきました。
華やかな菊の花。
そう言われれば、誰もが疑わなかったでしょう。
でも実は、描かれているのは栽培された菊ではありません。
細長く尖ったシャープな黄色い花弁とオレンジ色の中心部は、植物学的に菊とは異なります。
カタログ・レゾネの検証により、1882年の第7回印象派展にモネ自身が出品した『キクイモの花』であることが確認されました。
半世紀以上もの間、間違った名前で呼ばれ続けていたこの作品は、近年になってようやく正しい名称が回復されたのです。
1880年。
モネはセーヌ川沿いの農村、ヴェトゥイユにいました。
キクイモは北米原産で、当時のフランスの農村地帯では塊茎を食用とする一般的な実用植物でした。
モネは自宅の庭で栽培されていたか、あるいは野生の草地から摘み取ったこの花を、細身の円筒形の花瓶に挿してキャンバスに向かいました。
当時のモネは、画材を買うお金にも窮するほどの極度の貧困の中にありました。
そんな彼を支え続けたのが、同種療法医師のジョルジュ・ド・ベリオです。
彼はモネの治療費を無料にした。
そして、世間では不人気だった絵画を高値で買い取って、画家の生命線を支えました。
この絵もまた、1880年11月にカユザックという人物に売却された後、ベリオの手に渡り、彼のコレクションに加わりました。
画家の最も苦しい時代を金銭的に支える盾となったのです。
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出典・参考資料
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