Interior with woman at the piano ピアノの前の女性
1873年

- 寸法
- 67.0 × 53.0 cm
- 技法・素材
- 油彩・木板
- 所蔵
- 個人蔵
19世紀末から20世紀初頭にかけて、パリが最も華やいだ「ベル・エポック」期を代表する画家。
商業市場が求める洗練されたブルジョワ趣味への、密やかな私情の介入。自らの愛するアトリエ空間とミューズの姿を永遠に閉じ込めた、親密な愛の記録。
✦ 見どころ(技法・色彩)
キャンバスではなく木板(タヴォラ)に油彩で描かれています。木板は絵の具の吸い込みが抑えられるため、細い筆を用いた非常に精緻で繊細な筆致を重ねることが可能になりました。手前の装飾から奥へと広がる対角線の構図が、ドレスやピアノに当たる複雑な反射光を見事に捉えています。
✦ この絵の舞台
描かれた舞台は、パリのモンマルトル地区、ピガール広場14番地にあった画家のアトリエ兼自宅のサロンです。1872年初頭にボルディーニが愛人ベルトとともに移り住んだ実在の空間であり、エドガー・ドガらも頻繁に訪れました。画面中央のピアノは、画家自身が購入したエラール社製の実物です。
✦ 時代背景
1870年代前半のパリは、普仏戦争の敗北とパリ・コミューンの内乱という劇的な混乱を経て、経済復興と都市の近代化が進んでいた時期です。翌年に第1回印象派展を控えたアバンギャルド美術の熱気の中、裕福な市民階級の間では家庭内でのピアノ演奏が教養と洗練の象徴として親しまれていました。
足元に広がる豪華な絨毯。
壁面の金張りや、屏風風の装飾。
グランドピアノに向かう、美しいドレスの女性。
ジョヴァンニ・ボルディーニが描いた、1873年の作品です。
一見すると、裕福なブルジョワジーの邸宅に見えます。
匿名のモデルを使い、架空の部屋を描いた。
一般的な小道具のピアノを配置した。
そう語られることも多い一枚です。
でも実は、違います。
ここは見知らぬ貴族の館ではありません。
パリのモンマルトル地区。
ピガール広場14番地にある、画家自身のアトリエです。
描かれた女性は、匿名のモデルではありません。
彼女の名前はベルト。
ボルディーニの愛人です。
ボルディーニは1871年11月にロンドンからパリへ定住し、普仏戦争と内乱の傷跡が残る街で若いフランス人女性のベルトと出会いました。
「生唾が出るほど素晴らしい愛人を得た」
フィレンツェの友人に、彼はそう書き送りました。
あまりにも美しく、気立てが良い。
彼女は画家のミューズとなりました。
翌1872年初頭。
二人はピガール広場14番地に移り住みます。
広い住居兼アトリエでした。
エドガー・ドガらも頻繁に訪れるサロンとなります。
ボルディーニは、この空間を自らの美意識で満たしていきます。
同年2月には、あるものを購入しました。
フランスの名門、エラール社製のグランドピアノ。
「音楽的ひらめきが湧いたときのために」
彼は友人にそう伝えています。
画面の中央に鎮座するピアノは、画家の愛器なのです。
1873年。
30代前半を迎えたボルディーニ。
彼は大手画商のグーピル商会と契約を結んでいました。
市場が求めていたもの。
それは、パリの洗練された日常生活の切り身です。
裕福なコレクターに向けた、シックな室内画。
商業的な要請。
それにこたえるため、彼は筆を執りました。
しかし、彼が描いたのは架空の情景ではありません。
自らの生活空間。
愛するベルトの姿。
そして、お気に入りのピアノ。
市場向けの商品のなかに、彼は私生活を忍び込ませたのです。
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