マズルカ 第5番 変ロ長調 作品7-1

Mazurka in B-flat majorOp. 7 No. 11831年作曲
マズルカ 第5番 変ロ長調 作品7-1
フレデリック・ショパン
フレデリック・ショパン

1810–1849 (ポーランド)

フリデリク・ショパンは、19世紀のロマン派音楽を代表するポーランド出身の作曲家であり、その生涯のほぼすべてをピアノ独奏曲に捧げた人物です。

この曲を一言で表すと

異郷の地で祖国への郷愁を抱いたショパンが、洗練されたピアノの響きに土着の魂を刻み込んだダンス・ポエムの一曲。

音源を聴いてみる

マズルカ 第5番 変ロ長調 作品7-1

曲解説・楽曲分析

どんな場面を描いた曲か ― なぜこのタイトルなのか

1830年、20歳のフレデリック・ショパンは祖国ポーランドを旅立ちました。しかしその直後、ワルシャワで「11月蜂起」が勃発します。ウィーンに滞在していた彼は、異郷の地で孤立し、祖国の安否を気遣う日々を送ることになりました。このマズルカ 第5番 変ロ長調 作品7-1は、まさにその不安と郷愁が入り交じる1830年から1831年にかけて作曲されたものです。

マズルカとは、ポーランドの伝統的な民族舞踊のことです。この曲は活気に満ちた「マズル」のリズム特性を典型的に示しており、その抗いがたい楽しさから「実際にダンスフロアに出て踊ることができる実用的な曲」と言われがちですが、実際はそうではありません。高度に洗練された右手のトリルやモルデントなどの華麗なピアニズム、不規則な拍の構造、そして演奏者が自由な感情表現のために施すテンポの伸縮(ルバート)は、実際のダンサーの物理的なステップと同期することを著しく困難にします。これは実用的な伴奏音楽ではなく、実際のダンスを模倣しつつ、知的かつ洗練された鑑賞用の「ダンス・ポエム(詩曲)」へと高められた芸術作品なのです。

本作を含む『5つのマズルカ 作品7』は、ポール・エミール・ジョーンズへと献呈されました。ジョーンズはクラクフ生まれのドイツ系アメリカ人ピアニストであり、1819年にニューオーリンズでベートーヴェンのピアノ協奏曲のアメリカ初演を行ったとされる極めて優秀な音楽家でした。1832年にパリを訪れた彼は、カミーユ・プレイエルを介してショパンと知り合い、深い友情を結びます。当時アメリカへの移住を一時期検討していたショパンは、彼を「ニューオーリンズの洗練されたアマチュア」と表現していました。

出版の経緯も非常に複雑です。フランスのモーリス・シュレジアンジェから最初に出版された際は『4つのマズルカ』の第1曲として収録されましたが、ドイツのキストナー版では全5曲が収録されていました。現代のヤン・エキエルによる「国家版(ナショナル・エディション)」では、歴史的自筆譜の関連性から第5曲が別の作品集に再配置されるなど、エディションによって収録編成に違いがあります。さらに、第12小節から第13小節にかけての右手のフレーズの繋ぎ方(スラーの付け方)は、当時の各国の版や初期手稿の間で指示が異なっており、校訂者の間で今なお解釈の議論が続いています。それでも、この変ロ長調の楽曲は通し番号で「第5番」と位置づけられ、出版直後から「ポーランドの隅々まで行き渡った」と評されるほどの熱狂的な成功を収めました。ロベルト・シューマンも1838年の評論において「極めて詩的で独自性に満ちている」と絶賛したこの曲は、洗練された都会のサロンに、遠い祖国の土の匂いを運んできたのかもしれません。

物語 ― この曲で何が起きているのか

曲は、力強い踏み込みから一気に跳躍し、躍動的に下降する第一主題から幕を開けます。この冒頭部分は、まるで故郷の村祭りに迷い込んだかのような、生命力にあふれた情景を描き出します。ショパンが同時期に作曲した歌曲『飲酒歌』と、快活で時によろめくようなリズムの特性が似ているため、お祭り騒ぎの具体的な描写だと言われることもありますが、ショパン自身がそのようなプログラムを意図したという証拠はありません。それでも、この抗いがたいリズムは、人々の熱気とざわめきを確かに伝えてきます。

熱狂が少し落ち着くと、音楽はヘ長調へと移り、優美で歌うような旋律が現れます。ここは「クヤヴィアク」と呼ばれる、よりしなやかな舞踊の情緒が前面に出る場面です。跳躍的なエネルギーから一転して、なめらかな歌謡的な休息が与えられます。同じ時期に書かれた歌曲『乙女の願い』の前奏部分とも明らかなリズムの類似性があり、マズルカのステップ感覚がショパンのインスピレーションの底流にあったことがうかがえます。

そして物語は、突如として神秘的な異空間へと足を踏み入れます。哀愁を帯びた旋律と、重々しく響く低音が、洗練されたサロンの空気を一変させます。ショパンは同じ作品7の中で、楽曲ごとにドラマティックな性格の対比を行っています。第6番 イ短調が緩やかで愁いを帯び、第7番 ヘ短調が重厚で荒削りな情緒を持ち、第8番 変イ長調が快活でユーモラス、第9番 ハ長調が無限ループ構造を持つ極小のユーモア曲であるのに対し、この第5番は華やかな活気の中に、ふと東洋的で異国的な情景を忍ばせているのです。

この親しみやすいメロディは、ショパンの友人であったポーリーヌ・ヴィアルドによって独唱歌曲『おいで』へと編曲され、ショパン自身もそれを高く賞賛しました。現代においてもアニメのサウンドトラックなどで使用されるなど、その物語性は時代を超えて広く受容されています。

楽曲分析 ― 拍子と和声が仕掛ける錯覚の魔法

この曲の躍動感と神秘性は、ショパンが仕掛けた緻密な構造によって生み出されています。ここでは「楽曲構成」と「和声の機能」という2つの観点から、その秘密を紐解いてみましょう。

まず注目すべきは、冒頭のAセクションにおける非対称な拍節構造(フレーズの組み立て方)です。古典的な音楽では「4小節+4小節=8小節」という対称的な形が基本ですが、ショパンはこれを意図的に崩し、「3小節のフレーズが2つ、2小節のフレーズが3つ」という極めて特異な12小節の構成を作り上げました。この不規則性こそが、予測不能な躍動感と、土着の民俗的な息遣いを生み出しています。さらに、この12小節の中には、静かな始まりから徐々に音量を増し、第3小節でフォルティッシモ(極めて強く)の劇的なピークに達した直後、第4小節で急激にピアノ(弱く)へと落とすという緻密な音量のグラデーションが書き込まれています。この鮮烈な対比はペダルの正確なコントロールを必要とし、演奏者の技量が問われる箇所でもあります。また、第11小節などでは、最後の8分音符が付点リズム化されることなく、楽譜通り均等に演奏されるべきであることが、構造的なポイントとなっています。

次に、中間部(Cセクション)における和声の機能です。主調である変ロ長調から、極めて遠い関係にある変ト長調へと突如として転調します。この変ロと変トは短六度関係にあり、当時のロマン派の和声開拓の精神を雄弁に物語っています。この遠隔的な響きを支え、民俗的な土着性を担保しているのが、左手のバスで執拗に繰り返される変ト音と変ニ音による「空虚五度」と呼ばれる和音です。これは、ポーランドの地方楽団で使われる伝統的なバグパイプ(ガイダ)の素朴な重低音を模倣したものです。このドローン(持続音)効果の上に、増二度音程やシャープ4度を特徴とする「リディアン調」の響きを持つ旋律が乗ることで、都会のサロンにいながらにして、どこか遠い東洋の異国的な情景が呼び起こされます。

このバグパイプを模した重低音と異国風の旋律は、あなたには懐かしい故郷の記憶に聴こえますか? それとも、決して手の届かない幻影のように聴こえますか?

知ってから聴くと、何が変わるか

この曲の背景と構造を知ることで、ただの軽快な舞曲という印象は大きく変わるはずです。

この曲の一番異常なところは、作曲者自身が演奏した際のリズムの伸縮(ルバート)が、当時の最高峰の音楽家たちに「拍子の崩壊」と受け取られるほど劇的だったという歴史的事実です。1830年代後半、パリでショパン自身が自作のマズルカを演奏した際、大作曲家ジャコモ・マイヤベーアは「それは3/4拍子ではなく、2/4拍子(あるいは4/4拍子)に聞こえる」と指摘し、ショパンと激しい口論になったと伝わります。ショパンは特定の第1拍(あるいは第3拍)を極端に引き伸ばす演奏スタイルをとっており、親友のチャールズ・ハレが同様の指摘をした際、ショパンは怒る代わりに「これはポーランドの民族特有の演奏習慣なのだ」と密かに漏らしたとされます。楽譜上は3拍子でありながら、演奏者の解釈によって拍子の感覚すら歪んでしまうほどの強烈な土着性が、この曲には秘められているのです。

一番面白いところは、左手の伴奏が単なる和音の支えではなく、民族楽器の「音響的な模倣」として機能している点です。特に後半に現れる変ト長調のセクションでは、左手がバグパイプの素朴な重低音を執拗に繰り返し、右手が洗練された都会のピアノの音色で異国的な旋律を奏でます。当時のショパンが弾いていたような減衰の早い歴史的楽器(ピリオド楽器)で聴くと、この低音が重苦しく濁ることなく、細部まで澄んだ粗野な響きとしてよりリアルに浮かび上がります。演奏の歴史を見ても、19世紀後半のイグナツ・フリードマンのような即興性の強いルバートから、アルトゥール・ルービンシュタインの均整のとれた解釈、ウラディミール・アシュケナージのきらびやかな演奏、そしてヤヌシュ・オレイニチャクの土着的ニュアンスを掬い上げた演奏へと、時代とともに解釈が変遷してきました。

誰もが踊り出したくなるような、明るく実用的なダンス音楽だと思って聴いていました。けれど、不規則に歪められた拍子と、遠い故郷の楽器を模した響きを知ってから聴くと、この曲は「洗練された都会の孤独の中で、幻の祖国を幻視する切実な祈り」へと変わります。

聴きどころ ― どこで、何が起きるか

ここからは、実際に曲を聴きながら耳を傾けていただきたいポイントを、物語に沿ってご紹介します。

冒頭:予測を裏切る12小節のステップ

曲が始まると、付点リズムの力強い踏み込みから、一気に跳躍して躍動的に下降する主題が現れます。ここで注目していただきたいのは、フレーズの長さと音量の急激な変化です。静かに始まった音楽は徐々に熱を帯び、最初のピークに達したかと思うと、次の瞬間には急激に音量を落とします。4小節単位の規則正しいダンスではなく、3小節と2小節が入り混じる不規則なステップが、生き生きとした民俗的な息遣いを感じさせます。

中間部:なめらかなクヤヴィアクの歌

躍動的な主題が一段落すると、音楽はヘ長調へと移り、優美でしなやかな旋律が現れます。ここは跳躍的なエネルギーが収まり、テンポの伸縮を許容するような歌謡的な休息の場面です。右手の旋律が滑らかに歌い、左手の伴奏がそれを優しく支えます。激しいマズルのリズムから一転して、しっとりとしたクヤヴィアクの情緒が広がる瞬間を味わってください。

後半の異空間:バグパイプの響きと遠隔調への転調

再び冒頭の主題が戻った後、突如として音楽は全く異なる景色へと足を踏み入れます。左手で執拗に繰り返される空虚五度の重低音が、バグパイプの響きを模倣します。主調から遠く離れた変ト長調の響きと、東洋的な音階を持つ旋律が絡み合い、哀愁を帯びた神秘的な空間を作り出します。洗練されたピアノの音色の中に突如として現れるこの土着的な響きは、ショパンが心の奥底に抱えていた祖国への強い郷愁の表れと言えるでしょう。

この突如として現れる異国的な旋律、あなたには遠い過去の記憶を呼び覚ます声に聴こえますか?
それとも、見知らぬ土地をさまよう孤独な足音に聴こえますか?

最後は再び活気に満ちた主題が戻り、華やかに盛り上がって勢いよく終結します。異郷の地で孤立しながらも、祖国の魂を芸術へと昇華させたショパンの「ダンス・ポエム」を、ぜひあなた自身の耳で体験してみてください。

フレデリック・ショパンの名曲ライブラリーへ

あなたのノート

この曲から感じたこと・学んだことを、美術手帳に残しておきましょう。

ノートを書くには登録が必要です。

無料で登録する

名画と名曲の物語を、無料で読む

Google で続きを読む
または

登録すると利用規約・プライバシーポリシーに同意したものとみなされます

すでに登録済みの方はログイン

このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシーと利用規約が適用されます。


内容に誤りがある場合は こちらからご報告ください

同じ時代の絵画解説を読む

音楽とアートが、
あなたを待っている。

芸術の物語を通じて自分だけの世界を広げていこう。
最新記事の更新をメールでお知らせします。

無料登録で読む