Symposion シンポシオン/饗宴
1894年

- 寸法
- 74 × 100 cm
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 所蔵
- 個人蔵(非公開)
✦ 見どころ(技法・色彩)
テーブルを囲む4人の男たちは、画面の左から順に、当時29歳の画家本人であるアクセリ・ガッレン=カッレラ、疲労と酒でテーブルに突っ伏す作曲家のオスカル・メリカント、正面を静かに見据える指揮者のロベルト・カヤヌス、そして乱れた髪で遠くを見つめる作曲家のジャン・シベリウスです。右端のシベリウスは、単にぼんやりしているのではなく、心の中で鳴り響く音楽のインスピレーションに耳を澄ませている恍惚の姿として描かれています。 画面の左上を覆う真紅の翼については、さまざまな見方が示されてきました。アテネウム美術館元主任学芸員のレーナ・アフトラ=ムーアハウス氏は、芸術家たちが新しい作品を生み出す瞬間の神秘を表す「創造の奇跡」と解釈しています 。一方で、美術史家のサルメ・サラヤス=コルテ氏は人生や芸術の解けない謎を象徴する「スフィンクスの翼」と捉え、画家の友人である作家アドルフォ・パウルは酒の酔いが連れてくる「幻想の鳥」と手紙で表現しました。画家自身も手紙の中で、この姿を古代エジプトの女神にちなんで「イシスの翼」と言い表しています。
✦ この絵の舞台
描かれている場所は、フィンランドの首都ヘルシンキにある高級ホテル「ホテル・ケンプ(Hotel Kämp)」の個室です。1887年に開業したこのホテルには、政治家や実業家、芸術家たちが集まっていました。 ガッレン=カッレラやシベリウスたちは、1892年冬から1895年にかけて「シンポシオン・サークル」と呼ばれる集まりを結成し、このホテルの個室に何日も籠もってワインや強い酒を飲み交わしながら、夜を徹して芸術や哲学を熱く語り合いました。タイトルの「シンポシオン」は、古代ギリシャの哲学者プラトンの著作『饗宴(シンポシオン)』に由来しており、酒の席で真理を語り合う古代の対話を、現代の若者たちとして再現しようとしたものでした。
✦ 時代背景
1890年代半ば、フィンランドはロシア帝国の支配下にあり、言語の制限や自治権の剥奪といった厳しい締め付け(ロシア化政策)を受けていました。 武器を持たない知識人や芸術家たちは、「文化と芸術の力でフィンランドの誇りを示そう」と立ち上がりました。彼らはフィンランドの神話や民族叙事詩『カレワラ』、手付かずの自然にインスピレーションを求め、新しい民族文化を創り出そうと熱狂していました。本作に描かれた若者たちは、まさにその最前線で戦っていたリーダーたちだったのです。
卓の上に乱雑に転がったワインの瓶やグラス、そして深い眠りに落ちて腕の中に顔を埋める仲間たち。薄暗い部屋の重たい空気の中、黒い服を着てまっすぐに立ち尽くす29歳の画家アクセリ・ガッレン=カッレラは、彼らを見つめながら静かに自らの心と向き合っていました。
綺麗に着飾った自分を捨てて、むき出しの魂をぶつけ合った夜
絵の具を握るガッレン=カッレラの手は、出口のない焦りで震えていました。
かつて芸術の都パリで学んだ確かなデッサンの技術や、世間が好むような美しい描き方では、どうしても描ききれないものがあったのです。自分の胸の奥で激しく渦巻いている叫びや、言葉にならない情熱、そして目に見えない心の震えを、どうにかしてキャンバスの上に刻みつけたい。けれど、どう描けばそれが伝わるのか分からず、暗闇を手探りで歩くような孤独と葛藤に苦しんでいました。
そんな彼にとって、唯一息ができる場所がありました。同じように新しい音楽を生み出そうともがき、魂をすり減らしていた作曲家のジャン・シベリウスやロベルト・カヤヌス、オスカル・メリカントたちと過ごす時間です。
彼らは街のホテルの一室に何日も籠もり、強い酒を酌み交わしながら、夜が明けるのも忘れて夢や芸術を熱く語り合いました。世間の常識や周囲の期待という窮屈な服を脱ぎ捨て、心の中にある弱さも野心もすべてさらけ出せる仲間がいたからこそ、彼は押しつぶされそうな不安に耐え、筆を握り続けることができたのかもしれません。
英雄の仮面を剥ぎ取り、キャンバスに投げつけた「爆弾」
やがてガッレン=カッレラは、ある一枚の絵を描き始めます。
けれど彼が描いたのは、教科書に載るような「立派でお行儀のよい若き天才たち」の姿ではありませんでした。テーブルの横では仲間のメリカントが完全に力尽きて眠り込み、シベリウスは髪を振り乱して放心したように宙を見つめています。酒瓶は倒れそうに散乱し、彼らの頭上には、まるで燃え盛るような真紅の不気味な翼が大きく広がっていました。
当時、国の未来を担うと期待されていた知識人たちが、酒に溺れてくだを巻くようなだらしない姿を公の場で見せるなど、社会の常識では絶対に許されないことでした。もしこの絵を発表すれば、世間からどんな激しい怒りを買い、どれほどの泥を投げつけられるか、彼自身痛いほど分かっていました。
それでも彼は、絵筆を止めませんでした。友人に宛てた手紙の中で、彼は自らを奮い立たせるようにこう書き残しています。
「この絵は一つの爆弾だ。その破片はもちろん私自身の首に降ってくるだろうが、私ならそれを処理できると思う」
綺麗に着飾った嘘の姿を描くくらいなら、どれほどカッコ悪く見えようとも、すべてをさらけ出して限界まで語り明かした「生身の自分たちの真実」を残したい。非難の嵐を覚悟のうえで、彼はキャンバスという爆弾に火をつけ、世間に投げ込んだのです。
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