FelixMendelssohnフェリックス・メンデルスゾーン
ドイツ·1809 – 1847
バッハを復興し、ロマン派の扉を開いた早世の天才作曲家
ロマン派時代を代表する作曲家であり、音楽史における最初期の本格的なオーケストラ指揮者の一人。ハンブルクの裕福な銀行家の家系に生まれ、恵まれた環境のもとで最高水準の音楽教育を受けた。1835年、20代半ばの若さで名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に就任。また、当時忘れ去られていたJ.S.バッハの作品を深く研究し、その音楽の復興に多大な貢献を果たしたことでも広く知られている。モーツァルトやベートーヴェンから受け継いだ古典派の厳格な形式美と、ロマン派特有の情熱的で豊かな叙情性を、高次元で融合させた洗練された作風が持ち味。数多くの名曲を世に送り出したが、多忙を極めたこともあり、38歳という若さで惜しまれつつこの世を去った。
作風の変遷 ― 古典の造形美とロマンの色彩が交差する軌跡
メンデルスゾーンの初期の作風は、バッハから受け継いだ対位法やポリフォニー構造と、古典派の厳格な形式美を土台としています。16歳のときに作曲された『弦楽八重奏曲 変ホ長調』は、交響曲に匹敵する音響密度と室内楽の密接な対話を高度に融合させた、初期室内楽の金字塔です。さらに翌年、17歳の夏にはシェイクスピアの戯曲に感銘を受け、演奏会用序曲『夏の夜の夢』を作曲しました。木管楽器による静寂な和音や、弦楽器が疾走する妖精の舞踏など、管弦楽法の革新性が遺憾なく発揮されており、若くしてすでに独自のロマン主義的な音響描写を確立していたことがわかります。
中期に入ると、ヨーロッパ各地への旅行体験が彼の創作に大きなインスピレーションを与えました。イタリア旅行中に着想された交響曲第4番『イタリア』は、ローマやナポリの明るい太陽や民衆の歓喜に触発された生命力あふれる作品です。終楽章には激しいイタリア舞踊のリズムが組み込まれています。また、言葉に依存せず音そのものの明確な感情表現を目指したピアノ曲集『無言歌集』の作曲も進められました。これは「音楽が表現する思想は言葉よりも不曖昧で明確である」という独自の絶対音楽美学に基づき、19世紀の家庭音楽文化の台頭を予見して創出された先進的な表現形式でした。
後期のメンデルスゾーンは、宗教的な大作や、より内省的で深い感情を伴う作品を手がけるようになります。1846年に初演されたオラトリオ『エリア』は、バッハ的なポリフォニーの厳格さとロマン派の劇的な色彩感が融合した傑作であり、彼に終生最大級の社会的成功をもたらしました。しかし、1847年に最愛の姉ファニーが急死すると、その作風は一変します。彼女への哀歌として書かれた最後の完成作『弦楽四重奏曲第6番 ヘ短調』は、従来の端麗な様式とは一線を画し、激しいトレモロと不協和音による悲愴な切迫感が全体を支配しています。この凄絶な室内楽は、完成のわずか2ヶ月後に世を去った彼自身の辞世の句となりました。
- 1809(0歳)
ハンブルクにて、裕福な銀行家の次男として誕生する
- 1816(7歳)
兄弟とともにルター派の洗礼を受け、バルトルディ姓を名乗る
- 1821(12歳)
師ツェルターとともにヴァイマルを訪問し、ゲーテに謁見する
- 1825(16歳)
16歳で初期室内楽の金字塔『弦楽八重奏曲 変ホ長調』を作曲する
- 1826(17歳)
シェイクスピア劇に基づく序曲『夏の夜の夢』を作曲する
- 1829(20歳)
ベルリンにてバッハの『マタイ受難曲』を歴史的に復活上演する
- 1833(24歳)
デュッセルドルフ市の音楽監督に就任し、指揮キャリアを開始する
- 1835(26歳)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の常任指揮者に就任する
- 1843(34歳)
ドイツ初の音楽大学となるライプツィヒ音楽院を創設する
- 1846(37歳)
イギリスにてオラトリオ『エリア』を初演し、大絶賛を博す
- 1847(38歳)
姉ファニーの急死にショックを受け、自身も脳卒中により逝去する
人々はよく音楽があまりにも曖昧で、それを聴いたときに何を考えるべきか不分明だと苦情を言います。しかし私にとってはまったく逆なのです。言葉に比べて、私が愛する音楽が表す思想は、言葉にするにはあまりにも明確なのです
芸術家にとって第一の条件は、偉大なものに敬意を払い、それにひれ伏して認めることであり、自分自身の小さな蝋燭をより明るく輝かせるために、偉大な炎を消そうと試みないことです
感情の過剰などというものは存在せず、そう呼ばれるものは実のところ感性の欠如なのです。音楽によって引き起こされる高揚した感情に過剰はありません
人生と芸術は、二つの異なるものではない
トロンボーンという楽器はあまりにも神聖であり、頻繁に使用されるべきではない

カール・フリードリヒ・ツェルター
関係: 師
ベルリンで対位法と作曲を指導し、ゲーテに引き合わせた恩師。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
関係: 尊敬した人物
12歳の即興演奏を絶賛し、生涯にわたる親交を結んだ大文豪。

ロベルト・シューマン
関係: 友人・支援者
ライプツィヒで深く高め合い、シューベルトの交響曲を共に初演した。

ファニー・ヘンゼル
関係: 友人・支援者
生涯にわたる最大の対話者であり、互いの作品を批評し合った実の姉。

リヒャルト・ワーグナー
関係: ライバル
没後に論文で音楽を攻撃し、後世の評価を不当に暴落させる端緒を作った。

ヨハン・セバスティアン・バッハ
関係: 影響を受けた人物
対位法や宗教合唱の精神を継承し、マタイ受難曲の復活上演を手がけた。
フェリックス・メンデルスゾーン が生きた時代、画家たちは何を描いていたのか。






