全部好きにならなくていい。挫折しない、現代音楽の聴き方

近代音楽・現代音楽ミニマル・ミュージック

全部好きにならなくていい。挫折しない、現代音楽の聴き方

スティーヴ・ライヒ · アルヴォ・ペルト

2026.6.19

ピアノ・フェイズ(Piano Phase) 1967年作曲

「現代音楽は難しい」とよく言われます。

でも、本当に難しいのは音楽の方でしょうか?
それとも、聴き方の方でしょうか?

クラシックは好きだけれど、「現代音楽」と聞くと身構えてしまう。

ピアノを鍵盤の蓋で叩いたり、不協和音がずっと続いたり…そういう「わけのわからないもの」を想像して、そっと避けてきた。そういう人は、きっと少なくありません。

今日は、その身構えを少しだけ解くための話をします。

美術館を歩くように、音楽を聴いてみる

意外に思われるかもしれませんが、音楽を専門に学んでいる人でさえ、現代音楽を「全部好き」という人はほとんどいません。

クラシック音楽だってそうです。バッハもショパンもストラヴィンスキーも好き、という人はいても、その全作品を愛している人はまずいない。
好きな曲があり、ピンとこない曲があり、苦手な曲がある。それが自然なことです。

なのに「現代音楽」というラベルがつくと、私たちは急に「理解できなければいけない」と思い込んでしまう。
難解な解説書を最初から最後まで読み通さなければ、聴く資格がないかのように。

でも、そんな必要はありません。美術館で全部の絵をじっくり観なくていいのと同じです。

気になった絵の前で足を止める。音楽も、心に残った一曲から入ればいいのです。

「次に何が起きるか」を待たない音楽

とはいえ、「どこから聴けばいいの?」と思いますよね。

最初の一曲としておすすめしたいのが、「ミニマル・ミュージック」と呼ばれるジャンルです。
名前のとおり、ごく少ない音の要素を、少しずつ変化させながら繰り返していく音楽。

これが、はじめての人にも驚くほど心地よく響きます。

その代表的な作曲家が、アメリカのスティーヴ・ライヒ。1967年に書かれた『ピアノ・フェイズ』という曲を聴いてみてください。

仕掛けはとてもシンプルです。二人のピアニストが、まったく同じ短いフレーズを、同時に弾き始める。

ところが、片方がほんのわずかにテンポを速める。
すると、ぴったり重なっていた二つの音が、少しずつズレていくのです。

このズレが、不思議な効果を生みます。同じ音を弾いているだけなのに、重なり方が変わることで、まるで別のメロディーが浮かび上がってくる。
聴いているうちに、「あれ、いま新しい旋律が生まれた?」と耳が錯覚してきます。

ライヒ自身は、これを「ゆるやかに移りゆくプロセスとしての音楽」と呼びました。
ドラマチックな展開も、感動的なクライマックスもありません。ただ、規則が静かに進行していくのを、私たちは耳で追いかける。その過程そのものが、音楽になっている。

ここに、現代音楽を楽しむ最初のコツがあります。
「次に何が起きるか」を待つのではなく、「いま何が起きているか」に耳を澄ませる。

なんとなく流れていく毎日に、心に残る芸術の物語を。

メロディーを追いかけるのをやめて、音の変化を眺める。すると、退屈だったはずの繰り返しが、急に面白くなってきます。

前衛に疲れ果てた男が見つけた、究極のシンプルさ

もう一曲、まったく違うタイプを紹介させてください。

エストニアの作曲家、アルヴォ・ペルト。彼が1978年に書いた「鏡の中の鏡(シュピーゲル・イム・シュピーゲル)」は、現代音楽でありながら、聴いた人のほとんどが「美しい」と感じる、不思議な曲です。

ピアノが、ゆっくりとした分散和音を、まるで小さな鐘の音のように繰り返します。
その上を、ヴァイオリン(チェロやクラリネットの版もあります)が、長くのばした音で、一音ずつ階段を上り下りするように進んでいく。

ペルトは、この澄んだ響きの様式を「ティンティナブリ(小さな鐘たち)」と名づけました。
たった三つの和音の構成音と、シンプルな旋律だけ。装飾は一切ありません。

フレーズはいつも、中心の音へと帰ってくる。
ペルト自身はそれを「離れていたあとで、家に帰ってくるように」と表現しています。

驚くのは、この曲が生まれた背景です。

ペルトは旧ソ連体制下のエストニアで、前衛的で攻撃的な不協和音の音楽を書いていました。

けれどある時、その「乾いた知的ゲーム」に行き詰まり、数年間、ほとんど作曲をやめてしまう。沈黙の時期です。彼が再び音を書き始めたとき、生まれたのが、この限りなく簡素で、限りなく静かな音楽でした。

複雑さの果てにたどり着いた、究極のシンプルさ。「現代音楽=複雑で難解」というイメージが、ここでは気持ちよく裏切られます。

肩の力を抜いて、新しい音の世界へ

ライヒの「ピアノ・フェイズ」と、ペルトの「鏡の中の鏡」

同じ「現代音楽」でも、まるで違います。
片方は規則の進行を眺める知的な楽しさ。もう片方は、ただ心が静まっていく美しさ。

共通しているのは、どちらも「身構えなくても、入っていける」ということです。

難しいのは、音楽の方だったのか、聴き方の方だったのか。

おそらく、その多くは「聴き方」…
いえ、もっと正確に言えば「身構え」の方にありました。

全部理解しなければ、全部好きにならなければ、という思い込み。
それを下ろしてしまえば、現代音楽は、ただ新しい音の世界として、目の前に開けています。

全部好きにならなくていい。たった一曲でいい。
あなたに合う一曲は、まだ他にもきっと見つかるはずです。

これからも、現代音楽の作曲家や作品を、こうして物語とともに紹介していきます。
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なんとなく流れていく毎日に、心に残る芸術の物語を。

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